シューマン《トロイメライ》の練習:旋律を歌わせながら内声を聴く
シューマン《トロイメライ》の練習では、旋律を歌わせることに加えて、その下で続く音を聴くことが大切です。長い音を保っている間に内声が入り、左手の線が動き、和声が変わります。それぞれの音に役割と長さを与えると、有名な旋律にも奥行きが生まれます。
《子供の情景》Op.15の第7曲であるこの作品は、速い音型こそ少ないものの、声部の弾き分けを丁寧に学べる曲です。ここでは冒頭から終わりまでを見渡しながら、保持音、内声、フレーズ、ペダルを譜例で確かめます。最初のドはアウフタクトとし、そのあとの完全な小節を第1小節と数えます。
旋律の下で、何が続いているか
- 第1〜8小節:長い音と、あとから入る音
- 冒頭のファを保ち、その下に加わる内声を聴く。第8小節のあとに繰り返し。
- 第9〜16小節:内声も旋律になる
- 上下の五線をまたぐ線、変化する和声、高く移るフレーズを追う。
- 第17〜24小節:同じ歌い出しから、違う終わりへ
- 第22小節の響きとフェルマータ、最後まで残るタイに耳を向ける。
冒頭のドはアウフタクト。続く最初の完全な小節を第1小節と数えます。
冒頭のファと内声
最初のドからファへ進むと、すぐに歌いたくなる旋律が現れます。私はこの曲をレッスンで聴くとき、ファが鳴ったあとの2拍目にも耳を向けます。そこで入る内声が強いと、せっかく始まった歌の途中に、別の和音が割り込んだように聞こえるからです。
第1小節の右手では、旋律のファを二分音符と、それにつながる八分音符のタイで保ちます。その下のファとドは、最初の四分休符を経て2拍目に入ります。同じ手の中でも、音を出す時点も、保つ長さも違います。
アウフタクトと第1小節。ヘ長調、4分の4拍子。上段はト音記号、下段はヘ音記号。
譜例は横にスクロールできます。

- 旋律のファ
- 1拍目から、3拍目の前半まで保つ。途中で打ち直さない。
- 右手の内声、ファとド
- 2拍目に入って3拍分続く。上のファと別の長さで聴く。
- 左手の低音と和音
- 低いファが先に鳴り、ドとラがあとから加わる。タイは第2小節の1拍目まで続く。
まずは右手の旋律だけで、ドからファへ進み、ファを3拍目の前半まで聴きます。タイの先の八分音符を打ち直さず、そのあとにミ・ファ・ラを続けます。長いファの間にも、次の動きへ向かう4拍子の流れがあります。
次に、上のファを保ちながら、2拍目に内声のファとドを静かに加えます。内声が入った瞬間、旋律のファまで弾き直していないか、あるいは指を離していないかを聴きます。ペダルを外して弾くと、その違いが音としてはっきり現れます。
旋律のファは、打鍵したあと自然に減衰します。鍵盤をさらに押し込んでも、その音を途中から大きくすることはできません。あとから入る内声の音量を整え、すでに鳴っている旋律の余韻を残します。「右手を強く」という一括りの指示では扱えない、この曲の最初の課題です。
低音と和音の重なり
左手でも、低いファが先に鳴り、ドとラは2拍目から加わります。この時間差が冒頭の響きをつくっています。縦に並ぶ和音だけを探して弾くと、音が重なっていく順序を見失います。
左手だけで、低いファを鳴らし、1拍待ってからドとラを加えてみます。低音を支えにしながら、上に加わった音の色を聴きます。第2小節の最初までタイが続くので、小節線を越えたところでもその音を打ち直しません。
両手を合わせるときは、冒頭のド、次のファと低音、さらに2拍目の内声、という順に響きが育つ様子を聴きます。各段階を同じ重さで強調すると、旋律より和音の追加が目立ちます。低音には土台となる響きを、内声にはその上に溶け込む音を与えます。
このバランスを保ったまま、第2小節へ進みます。第1小節だけきれいに仕上げて止めるより、保った音を次の小節でどう受け渡すかまで含めて弾くほうが、冒頭の性格に合う音量を判断できます。


左手の歌、第2〜4小節
右手の高いファが耳を引く第2小節で、左手にもレ・ド・シ♭・ラと続く線があります。長い音を支える伴奏にも、次の音へ向かう方向があるのです。
ヘ長調、4分の4拍子。上段はト音記号、下段はヘ音記号。
譜例は横にスクロールできます。

上の長い音だけを待たず、左手のレ・ド・シ♭・ラの流れも耳で追います。
譜例の下段で、上向きの符尾を持つレから始めてみます。第2小節の2拍目のレを2拍保ち、4拍目のド・シ♭を経て、第3小節のラへ進みます。そのあともシ♭・ラ・ソ、ファ・ソ、ラと続きます。低い音をいったん省くと、この線の歌い方を耳で確かめられます。
次に低音を戻し、左手の中で二つの役割を聴きます。レから下がる線を出そうとして左手全体が強くなると、低音も膨らみます。手全体の音量を上げるのではなく、その時点で動いている声部へ耳を向け、支えの音との釣り合いを取ります。
右手の内声にも長さがあります。第2小節の2拍目に入るファは、タイで第3小節の1拍目まで残ります。上の旋律が次々と動く中で、このファを先に離すと和声が薄くなります。反対に、タイが終わったあとまで指で残し続けると、次の音との濁りが加わります。音を出す時点だけでなく、離す時点も譜面から読みます。
両手で弾くときは、右手の旋律を歌いながら、左手の線がどこへ進むかも予想します。すべての声部を同じ大きさで前へ出す必要はありません。主旋律の下にもう一つの動きが感じられる程度でも、同じ数小節の印象は変わります。
長い音の間の拍
《トロイメライ》では、長い音に入るたびに拍が止まってしまうことがあります。次の八分音符が思いついた時点で始まると、曲全体が長い休止と短い動きの交互になります。
冒頭のファを保つ間は、2拍目の内声、3拍目の途中から始まる旋律の動きを感じます。第2小節でも、高いファの下で左手が歌い出します。声部の出入りそのものが時間の流れを教えてくれます。メトロノームを使う場合も、その拍の中でどの声部が入るのかを一緒に聴きます。
フレーズの終わりで時間を広げるときには、次の始まりまで弾いて確かめます。第4小節の最後のドは、第5小節のファへ向かう新しい歌い出しです。そこを前のフレーズの余韻として弱く流すと、次のまとまりが始まりません。
第1〜4小節と第5〜8小節には似た歌い出しがありますが、進む高さや終わり方は変わります。二度目のフレーズまで聴いてから、最初の四小節にどれほどの広がりを持たせるかを考えます。一つ目の山で音も時間も使い切ると、その先の展開が平らに聞こえます。
中間部の内声
第9〜16小節では、和音の中にあった音が、より活発に動く線として現れます。特に第10小節以降は、上段だけを旋律、下段だけを伴奏と考えると、途中で声部を見失います。
上段はト音記号、下段はヘ音記号。調号はシ♭一つ。途中のファ♯などの臨時記号も読みます。
譜例は横にスクロールできます。

五線の境目で歌を切らず、符尾や連桁をたどって、一つの声部として弾いてみます。
第10小節の下段には、八分休符のあと、ソ・ファ♯・ラ・レと上がり、上段のファ♯へ続く線があります。五線をまたいでも音楽の線は続いています。まずその音だけを取り出し、上下の段の境目で間を空けずに弾いてみます。
第11小節の後半には、上段にミ♭・レ・ソ・シ♭・ドと動く内声が現れ、第12小節の下段へ続きます。連桁や符尾をたどると、どの音がその線を引き継ぐかが見えてきます。高い旋律にばかり注意を向けていると、この応答が和音の一部として通り過ぎてしまいます。
内声だけで歌ったあと、上の旋律を加えます。練習中は一度、内声を普段よりよく聴こえる音量にして、その形を覚えてもよいでしょう。全体に戻したときには、主旋律の存在感を保ちながら、内声が動き出したことも聞き取れる釣り合いを探します。
第13〜16小節では、似た形がさらに高い音域へ移ります。前の四小節の指の動きをそのまま当てはめず、和声と実際の距離を読み直します。手が広がるところ、保持音の指が残るところを確かめ、フレーズの途中で身動きが取れなくなる指使いを見直します。
保持音と指使い
長い音を保つ指と、動く指を分けると、手が固まってしまうことがあります。まず、その長い音がどこまで続くかを確認します。譜面より長く指を残して、自分で次の移動を難しくしている場合もあります。
タイの終わりまで保つ必要がある音については、前後を含めて指使いを試します。楽譜に「4–5」のように二つの指番号が一つの音についていれば、鍵盤を保ったまま指を替える案を示していることがあります。弾き直す音と取り違えず、指を替えたあとに続く旋律まで弾いてみます。
指替えだけを成功させようとして手首や腕を止めると、次の音へ進む余裕がなくなります。保つ指は鍵盤に残し、動く指と手の位置には小さな調整を許します。大きな和音では、左右の分担も含めて、保持音と旋律を両立できる方法を考えます。
指番号は、手の大きさや前後の動きと合わせて選びます。フレーズと手の移動から指使いを決める練習では、途中の一音だけで判断しないための見方を扱っています。
ペダルで残す響き
ペダルは、この曲の響きを支える大切な要素です。ただ、踏み続ければ保持音の問題がすべて解決するわけではありません。必要な音と一緒に、すでに役割を終えた内声も残ります。
第1〜2小節では、まず指で保てる音の長さを確かめ、そのうえでペダルを加えます。踏み替える瞬間にも指で続いている音があれば、響きが急に空になるのを防げます。一方、指で離した音は、ペダルを上げたときに止まります。この違いを耳で確かめながら、和声の変わり目を整えます。
中間部のように内声が細かく動くところでは、一小節に一回という決め方だけでは濁りが残ることがあります。短い範囲を弾き、動いている線が聞こえるか、前の音が次の和音を覆っていないかを聴きます。楽器の響きや部屋に合わせ、ペダルの深さと上げる量も変えます。
掲載譜のペダル記号や指番号は、その版の演奏上の提案として参照してください。手元の楽譜と違う場合は、残したい声部と和声を実際に聴いて判断します。踏み替えの基本を確かめたい方は、初めてのペダルの練習も参考になります。
再現と最後のフェルマータ
第17小節で冒頭の歌が戻ります。中間部の動きを経て同じ旋律を聴くので、最初と同じ音量を機械的に再現するより、戻ってきた響きを耳で受け止めたいところです。旋律の下の保持音を整え、歌い出しに落ち着いた場所をつくります。
第21小節からのフレーズも、第5小節からと似た形で始まります。しかし第22小節の高いラを支える和音にはシ♮が現れ、前の響きとは異なる緊張が生まれます。そのラと下の和音にフェルマータがあります。
ヘ長調、4分の4拍子。上段はト音記号、下段はヘ音記号。
譜例は横にスクロールできます。

第6小節と同じ高いラでも、その下の和音は変わっています。長く保つ間に、その響きを聴きます。
第6小節と第22小節を続けて弾き、同じ高いラの下で何が変わったかを聴いてみます。第22小節の響きを長く保つことには、和声を味わう時間としての意味があります。上のラだけを伸ばして、下の音への注意が抜けると、その時間が空白になります。
フェルマータのあとも歌は続きます。ソ・ファ・レと下がる旋律から、第23小節へ進みます。そこで急に通常の速度へ戻したり、反対にすべての八分音符を同じように引き延ばしたりせず、最後の到着までを一つの流れとして弾きます。
第23小節末の内声のレは、第24小節までタイで残ります。このタイのように、最後の数小節にも「新しく鳴る音」と「すでに鳴っている音」が重なっています。終わりの和音をすべて打ち直す習慣があると、その静かな連続が消えます。
最終和音では、上の音だけでなく低いファの響きも聴きます。鍵盤とペダルから手足を離す時点まで、曲の終わりに含まれます。十分に聴いたあと、残したい響きに合わせて音を収めます。
曲の中で聴き直す
声部を取り出す練習のあとには、必ずその前後を戻して弾きます。冒頭の内声が静かに入っても、次の高い音で突然強くなれば歌は途切れます。中間部の内声が聞こえても、主旋律が消えれば釣り合いは変わります。部分の成功を、フレーズの中で聴き直します。
録音では、一度目は旋律、二度目は内声と低音に耳を向けてみてください。同じ演奏でも、長い音がどこで聞こえなくなるか、内声がどこで強く割り込むかに気づくことがあります。次の練習では、その場所の前後だけを取り上げます。和音の中のメロディーを弾き分ける練習も、音量の差を確かめる助けになります。
《トロイメライ》を弾きながら「どの音を残すのか」「内声をどのくらい出すのか」で迷うときは、使っている楽譜とその箇所をレッスンにお持ちください。私は実際の音を聴き、指使いと響きの両方から、フレーズに合う弾き方を一緒に探します。
Vienna Piano Schoolでは、池袋・新宿のピアノスタジオでの対面レッスンに向けて、初回55分・無料の体験レッスンのお申し込みを受け付けています。現在は開講準備中です。開始日と体験日時はメールでご相談します。
この記事をシェア
関連記事
レパートリー
クーラウのソナチネOp.20-1 第1楽章:音階・伴奏・フレーズの練習
長い旋律を支える伴奏から、左手へ渡る歌、細かい音階、最後の休符まで。5つの譜例と全体図で、クーラウのソナチネOp.20-1第1楽章の表情を掘り下げます。
レパートリー
ブルグミュラー《素直な心》Op.100-1の練習:レガート・強弱・左手のバランス
右手の歌、動き始める左手、一つの手で保つ長い音、低音へ渡される終わり。23小節の中で変わる役割を聴き、レガートと強弱を一曲の流れとして考えます。
レパートリー
シューマン《メロディー》Op.68-1の練習:短い曲で歌い方と左手を学ぶ
冒頭のミ・レ・ド・シから、最後に左手が残すドまで。3つの譜例と曲の見取り図を使い、旋律と伴奏のバランス、休符、同じ手の中の声部を聴きながら練習します。


