バッハの小前奏曲 BWV939:短い曲で学ぶ声部・和声・フレーズ

Enea — Vienna Piano School 主宰
Enea

16小節の中で、動く声と音を保つ声が次々に入れ替わります。全曲の譜例と音の長さの図を使い、低音、休符、和声の変化から小前奏曲の流れを聴いていきます。

小前奏曲 BWV939は、16小節の中で両手の役割が次々に変わる曲です。右手が分散和音を弾いていたかと思うと、その動きを左手が受け取り、右手は和音を保つ側に回ります。短い曲だからこそ、音を並べるだけの演奏と、声部を聴き分けた演奏の違いがよく聞こえます。

練習の中心は、三つあります。

  • 長い音と動く音:片方の手が動いても、もう一方の音の長さを保つ。
  • 和声の変化:同じ低音の上で、上の響きがどう変わるかを聴く。
  • 終わりへの流れ:第14小節の十六分音符から、最後の和音までを一つのまとまりとして弾く。

BWV939の楽譜と難しさ

このハ長調の小前奏曲は、バッハの作品として広く知られていますが、バッハ自身の作曲かどうかは確定していません。ベーレンライターの『真作性に疑問のある鍵盤作品』にも収められています。楽譜集では「小前奏曲第1番」などの番号が変わるため、選ぶときはBWV939という作品番号を目印にしてください。

4分の4拍子で、前半は八分音符の流れが中心です。片手ずつなら読めても、両手では長い音を途中で離したり、休符を飛ばしたりしやすい書き方になっています。さらに終わり近くには十六分音符が現れます。冒頭だけで難しさを判断せず、第4〜8小節の役割交代と、第14〜15小節の速い動きも試してみましょう。

譜例には強弱やスラーがほとんどありません。その分、どの音を保ち、どこへ向かって弾くかを、自分の耳で考える余地があります。まず音の長さと和声を読み、そのあとに音量や離し方を選んでいきます。

冒頭の低音と変わる和声

第1〜3小節では、左手のドのオクターブがタイで結ばれています。一度鳴らした低音を保つ上で、右手の八分音符が動きます。第2小節と第3小節の頭で、左手を弾き直さないことから始めましょう。

第1〜4小節:ドの低音の上で変わる響き

ハ長調、4分の4拍子。左手のオクターブは、第1〜3小節をタイで保ちます。

譜例は横にスクロールできます。

右手は八分休符のあとド・ミ・ソの分散和音を始め、第1小節後半にシ♭が現れる。第2小節はファ・ラ・ド、第3小節はソ・シ・レ・ファが中心。第4小節で左手が八分音符を受け取る。
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右手は八分休符のあと、ド・ミ・ソと入り、後半にシ♭が現れます。第2小節ではファ・ラ・ドの響き、第3小節ではソ・シ・レ・ファの響きが中心になります。低音はドのままですが、上の和音は変わっています。

私は冒頭を練習するとき、先に右手の和音をまとめて鳴らして、その違いを聴きます。ド・ミ・ソにシ♭を加えた響き、ファ・ラ・ド、ソ・シ・レ・ファ。それぞれを低いドと重ねると、同じ土台の上でも落ち着き方が変わります。その耳の記憶を持って八分音符に戻ると、一音ずつを均等に置くだけの演奏から離れられます。

冒頭の八分休符も音楽の一部です。左手が一拍目に鳴り、右手はその裏から入ります。右手を急いで左手に合わせたり、休符のぶんだけ小節を短くしたりせず、最初の一拍を二つに分けて感じてください。右手のドからミへ進む間にも、左手の響きは続いています。

低音のオクターブが届きにくければ、まず上のドだけで声部の関係を練習します。演奏で二つの音をどう扱うかは、手の届き方と運指に合わせて考えます。長い音を保つことが、手全体を強く固める理由にならないようにします。

第4小節の役割交代

第4小節では、右手がソ・ド・ミの和音を二拍保ち、三拍目で休み、四拍目にもう一度鳴らします。その下で、今度は左手が八分休符から分散和音を弾き始めます。冒頭で聞いた動きを、低い声が受け取る場面です。

第4小節:右手が休んでも、左手は続く

一列は八分音符の長さ。数字は音域を表し、中央のドがド4です。

図は横にスクロールできます。

拍

1

と

2

と

3

と

4

と

右手

ソ4・ド5・ミ5を二拍保つ

一拍休む

同じ和音を鳴らす

左手

休符

ド3

ミ3

ソ3

ミ3

ド3

ド4

ミ3

三拍目で右手を離し、左手のミ・ドを聴きます。四拍目は、両手が同時に新しい音を鳴らします。

右手だけを弾き、「二拍保つ、一拍休む、一拍鳴らす」という形を耳で覚えます。次に左手だけを弾き、最初の休符を含めて四拍の流れを作ります。両手を合わせたら、三拍目に右手が離れたあとも、左手が止まらず続いているかを聴いてください。

ここでは、和音を押さえる側が静止しているように見えても、その声に時間の流れがあります。二拍目の途中で右手を離すと和音が痩せ、三拍目まで残すと休符が消えます。離す時点を決めて弾くことで、左手の音が前へ出る瞬間もはっきりします。

同じ音量で両手を鳴らすと、右手の和音が左手の入り口を覆ってしまうことがあります。右手の和音を落ち着いた響きにし、左手のドから始まる線を歌ってみましょう。動く手が左に変わったことを、聴き手にも伝えたい場面です。

第5〜8小節の受け渡し

続く第5小節では、左手の最初の音がファ♯になります。右手のラ・ド・レの和音と合わせると、次のソの響きへ向かう力が生まれます。黒鍵が一つ増えたという読み方から、和音の行き先へ耳を向けてみてください。

第5〜8小節:長い音、休符、タイ

上段はト音記号、下段はヘ音記号。ハ長調、4分の4拍子。

譜例は横にスクロールできます。

第5小節は左手がファ♯から八分音符で動き、第6小節はソの二分音符と四分休符、ソの四分音符。第7小節の右手最後の和音は、第8小節の最初の八分音符へタイで続く。
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第6小節では左手がソを二拍保ち、三拍目で休みます。その間に右手がレからソ・シ・レと動き、後半の和音へ進みます。第4小節で練習した「長い音と動く音」の関係が、また入れ替わっています。

第7小節は左手のラから始まる分散和音が聞きどころです。右手はドのオクターブを二拍保ったあと、三拍目に休み、四拍目でミ・ラ・ドの和音を鳴らします。この最後の和音は、次の第8小節の最初の八分音符へタイで続きます。

第8小節の頭で右手を弾き直すと、タイの役割が失われます。左手のファ♯が鳴ったあと、右手は保持していた和音を離れ、レ・ファ♯・ラの動きへ入ります。第7小節の四拍目から、第8小節の二拍目までを取り出し、どの音が新しく鳴り、どの音が続いているかを聴き分けてください。

こうした箇所では、両手を同時に上げる癖がはっきり聞こえます。片方の休符は、もう片方の声まで休む合図にはなりません。バッハのインヴェンション第1番で声部を聴く練習にも、別々の線を耳で追う考え方があります。この小前奏曲では、和音を保つ声と分散和音の関係から取り組めます。

ピアノの鍵盤を弾く手元

第9〜12小節のソの低音

第9〜11小節では、左手が高いソと低いソを四分音符で交互に弾きます。冒頭のように一つの低音を保つ形から、拍を刻む形へ変わりました。その上で右手の分散和音が上がっていきます。

第9〜12小節:ソの低音と上行する和声

第9〜11小節の左手は、高いソと低いソを一拍ずつ交互に弾きます。

譜例は横にスクロールできます。

左手は高低のソを四分音符で交互に弾き、高いソにモルデント。右手の分散和音は第9小節ソ・シ・レ・ファ、第10小節ド・ミ・ソ、第11小節ファ♯・ラ・ドを中心に進む。第12小節で右手が和音を保ち、左手が八分音符になる。
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右手は第9小節でソ・シ・レ・ファ、第10小節でド・ミ・ソ、第11小節でファ♯・ラ・ドを中心に動き、第12小節のソ・シ・レへ着きます。まず各小節の和音をまとめて、左手のソと合わせてみましょう。低音が変わらないからこそ、上に重なる音の違いがよく聞こえます。

左手の高いソにはモルデントが付いています。第9小節では、ソから下のファへ触れてソへ戻る装飾として練習します。最初は装飾を外して高いソ・低いソの四拍を保ち、次に装飾を拍の中へ戻します。細かな音を加えたために、次の低いソが遅れないことが大切です。

右手が高くなるにつれて、全体の響きを少しずつ広げる弾き方を試せます。左手まで毎回強く叩くと、上行の明るさが重くなります。低音には拍を支える明瞭さを残し、上の和声の変化を聴かせてください。

第12小節で右手が長い和音に着くと、左手が再び八分音符で動き出します。右手の三拍目の休符と、四拍目のシにも目を向けましょう。長い和音に到着したところで気を抜くと、そのあとの細かな受け答えが抜け落ちます。

第13〜14小節の流れ

第13小節は、両手がともに八分音符で動きます。右手のド・ミ・ソという響きに、左手はミから入ります。冒頭と似た音型でも、下の声が動き、音域も広がっているため、響きの密度が変わります。

第13〜16小節:細かな動きから終止へ

第14小節は右手が十六分音符。左手のファは、次の小節の最初まで続きます。

譜例は横にスクロールできます。

第13小節は両手が八分音符の分散和音。第14小節は右手の下降と上行、左手ファの全音符が次へタイで続く。第15小節の右手ソ・ド・シから、最後のドとミの全音符、低いドへ着く。
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両手を合わせると急に音が大きくなる場合は、右手を歌い、左手をその下で聴きます。左手を消してしまうのではなく、二つの線に遠近を付ける感覚です。右手の後半には再びシ♭が現れ、次の第14小節のファの低音へ向かいます。

第14小節では、右手が十六分音符になります。一拍に四つの音です。最初の二拍はラ・ソ・ファ・ミ/レ・ド・シ・ラと下がり、後半はシ・ソ・ラ・シ/ド・レ・ミ・ファと進みます。十六個の音を一息に急いで弾く前に、四つずつを四拍に置いてみましょう。

そのあと、四音ごとの区切りを耳から外して、一小節全体の線を弾きます。四拍を感じるための練習が、四つのアクセントとして残らないようにします。左手のファはこの一小節を保ち、次の第15小節の最初の八分音符までタイで続きます。

私は第14小節だけを速くするより、第13小節から同じ四分音符の拍で入る練習を大切にします。音符が細かくなった瞬間に拍まで速くなると、最後の着地が慌ただしくなるからです。第15小節のソまで弾き、細かな動きがどこへ到着するかを聴きます。

最後の二小節とペダル

第15小節の左手は、前から続くファのあと、レ・ミ・ドと進み、ソから一オクターブ下のソへ移ります。右手は高いソからド、シへ進んで、最後のドに着きます。上のシからド、低音のソからドという二つの動きを一緒に聴くと、終わりの方向が見えてきます。

右手には、この旋律の下に保つ音もあります。二拍目のドの下ではソを二拍保ち、四拍目のシの下ではレを鳴らします。上の旋律だけを弾いてから下の音を足し、指を増やしてもソ・ド・シ・ドの流れが残るかを聴いてください。和音の中のメロディーを弾き分ける練習も、この最後の響きに役立ちます。

この曲は、ペダルを外して練習すると、タイ、休符、声部ごとの長さをよく確かめられます。響きを補うためにペダルを加えるときも、休符で離したはずの和音や前の和声が残っていないかを聴きます。特に第4〜8小節は、手を離しただけでは音が止まらないことを耳で確認したいところです。

最後の全音符は、響きが落ち着くまで聴きます。速い動きが終わった安心感で、終止和音だけを急に短く切らないようにしましょう。最終小節まで同じ音楽の時間が続いています。

16小節を一つの曲にする

部分練習をしたあと、冒頭から終わりまで弾いて、動く声の行き先を耳で追います。右手、左手、右手と受け渡される八分音符が、同じ流れを保っているか。第9小節からの高まりと、第14小節の細かな動きが、最後の和音へ向かっているか。通して聴くと、一音ずつの確認では見えなかった曲の形が現れます。

録音を聴くときは、最初の一回は動く声、次の一回は長い音と休符に注目してみてください。動く音は滑らかなのに、長い音がいつも短い。そのような発見があれば、次の練習は明確です。曲を丸ごと繰り返す前に、音を残す箇所と離す箇所へ戻ります。

この曲の前に三拍子の旋律と左手の声を学びたい方には、ペツォルトのメヌエット BWV Anh.114の練習もあります。曲の長さだけで順番を決めず、今取り組みたい音楽の課題から選びましょう。

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