バッハ《インヴェンション第1番》で2声を聴き分ける練習
バッハ《インヴェンション第1番》の2声を聴き分けるには、片手ずつ弾けるようにするだけでなく、同じ短い音形がどちらの声部から、いつ始まるかを確かめます。まず冒頭の1小節で、右手の「ドレミファレミド」を左手の中にも見つけましょう。一方を歌って他方を弾き、両手に戻したときにも、それぞれの続きが聴こえるかを試します。
音符はおおむね読めるのに、両手になると左手が伴奏のようになってしまう方に向けた練習です。速く仕上げることより、片方の動きに気を取られた瞬間、もう片方がどうなっているかを聴くことから始めます。ここではハ長調、4分の4拍子のBWV 772を扱います。
右手と左手を、それぞれ一つの旋律として読む
「2声」は、二つの旋律が同じ時間の中を進むという意味です。冒頭では上の声部を右手、下の声部を左手で弾きます。上の声部だけを旋律、下の声部を音量の小さな伴奏と決めてしまうと、左手に現れる音楽の始まりを聴き落としやすくなります。
ただし、二つの声部が対等に大切であることと、すべての音を同じ強さで鳴らすことは別です。今始まった音形には耳を向けたい一方、その間に進んでいる線にも行き先があります。「右手を出す」「左手を出す」だけで終わらず、もう一方の線が途中で消えていないかも聴きます。
第1小節で最初に覚えたいのは、「ド・レ・ミ・ファ・レ・ミ・ド」という七つの音です。主題の出だしにあるこの短いまとまりを、ここでは「冒頭の音形」と呼びます。右手に続いて、左手が1オクターヴ低く同じ音形を弾きます。七音だけで曲全体の主題の区切りを決めるのではなく、まず耳で追える目印を一つ作るわけです。
横方向が時間。一拍を四つに分けた位置で見ています。
上の声部・右手(実線)
下の声部・左手(破線)
右手は1拍目の十六分休符の後、左手は3拍目の十六分休符の後に入ります。左手が始まっても、右手の線は続きます。
楽譜に書き込むなら、最初はこの七音の入り口だけで十分です。右手に「上」、左手に「下」と書き、同じ音形を囲みます。色を使う場合も文字を添えておくと、コピーした楽譜でも意味が残ります。全曲を先に塗り分けるより、印を付けた場所から旋律を口ずさめるかを確かめてください。
第1小節は、左手が入っても右手を終わらせない
冒頭の右手は、1拍目の頭に十六分休符があり、その後に「ド・レ・ミ」と入ります。2拍目は「ファ・レ・ミ・ド」です。左手は最初の2拍を休み、さらに3拍目の頭の十六分休符を待ってから「ド・レ・ミ」と入ります。左手の最初のドは、3拍目の頭そのものではありません。
この小さな休符を省くと、二つの声部の距離が変わります。最初は四分音符を一拍として数えながら、一拍を四つに分ける細かな脈も感じてみましょう。右手も左手も、その四つのうち最初の一つを待ってから出だしのドを弾きます。
第1小節・両声部。音とリズムを抜粋し、右手の装飾記号を省いています。
左手のドは、右手の3拍目のソより十六分音符一つ分後。右手はソ・ド・シ・ドと進みます。
音名・音価を文字で確認する
音の高さは中央のドをC4とする表記です。各段は4分の4拍子の1小節分で、装飾音の実音は含めていません。
上段・右手:十六分休符、C4・D4・E4・F4・D4・E4・C4(各十六分音符)、G4・C5・B4・C5(各八分音符)。
下段・左手:二分休符、十六分休符、C3・D3・E3・F3・D3・E3・C3(各十六分音符)。
左手が入り始める頃、右手はすでに八分音符の「ソ・ド・シ・ド」へ進んでいます。ここが、両手を合わせる最初の聴きどころです。左手の七音を確かめようとして、右手のソだけが強くなったり、その後の音が急に短くなったりしないでしょうか。
まず右手だけで、七音の後の四つの八分音符まで弾きます。続いて左手だけで、休符を数えてから七音を弾きます。両手に戻したら、左手が入り、右手は続いているという重なりを聴いてください。入り口をそろえるために右手を一度止める練習をした場合も、最後は止めずにつなぎ直します。
この段階では、譜例のように装飾音をいったん外し、骨格の音と休符に集中して構いません。譜例は元の版にある右手の装飾記号を省いています。音の重なりを確かめた後は、使っている楽譜に戻り、装飾の弾き方や時間の取り方も含めて練習します。


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片手練習では、音の並びと休符の先を歌う
片手練習の目的を「間違えずに指が動くこと」だけにすると、両手で弾いた瞬間に旋律を見失うことがあります。片手で弾いた線を、鍵盤から手を離しても少し歌えるか試してみましょう。音名でも、歌いやすい母音でも構いません。声の美しさではなく、音の高低と長さを思い浮かべるための練習です。
右手では、冒頭の七音だけを繰り返さず、その後の八分音符までを一続きにします。細かな音の後で歩幅が変わるように聴こえるか、それとも音の流れ自体が止まってしまうかを比べます。音数が少なくなるところも、旋律の途中です。
左手では、弾き始める前の休符も小節の一部として数えます。最初から左手のドだけを取り出して弾くときと、1拍目から待って入るときでは、準備する時間が違います。音形を覚える練習と、曲の中の位置で入る練習を両方行ってください。
指使いも、次の音が予想できるものに落ち着かせます。同じ場所で毎回違う指を使うと、聴くつもりだった箇所で指を探すことになります。ただし、印刷された指番号を理由に手を無理に広げる必要はありません。手の大きさや前後のつながりに合わせて、先生と確認できます。
歌う途中で止まったときは、すぐに片手を最初から弾き直すより、止まった音の前後を楽譜で見ます。高さが分からなかったのか、長さを忘れたのか、休符の間に拍がなくなったのかを分けると、やり直す範囲が小さくなります。声に出しにくい音域は、無理のないオクターヴに移して構いません。
一方を歌い、もう一方を弾いて重ねる
それぞれの線が分かってきたら、まず右手を弾きながら左手の旋律を歌います。歌う線と弾く線が同じになってしまったら、まだ難しい組み合わせです。テンポを落とすか、左手が入る第1小節の後半だけに範囲を縮めましょう。
- 左手の「ド・レ・ミ・ファ・レ・ミ・ド」を声だけで確かめます。
- 第1小節の後半で、右手の八分音符を弾きながら、その七音を歌います。左手の最初の十六分休符も待ちます。
- 同じ場所を両手で弾き、今歌った左手の線を耳で追います。
- 役割を交換し、左手を弾きながら右手の線を歌います。
役割を交換するときは、同じ難しさになるとは限りません。右手を歌うほうだけ止まるなら、右手の八分音符の高さや長さを先に確認します。一つの組み合わせができたことを、もう一方もできた証拠にしないのがこつです。
歌いながら弾くこと自体に慣れていない場合は、鍵盤を弾かずに一方を歌い、もう一方のリズムだけを軽くたたく方法もあります。それも難しければ、片手の短い録音を聴きながら、もう一方の楽譜を目で追うところへ戻します。歌唱を課題にしすぎず、二つの線が同時に進む感覚を確かめられる方法を選びます。
声を出すことで拍が大きく揺れたり、息を止めたりするなら、そのまま回数を増やさないでください。一拍か二拍の小さな範囲でも、次の音を予想しながら重ねられれば練習になります。時間をかけた後には、必ず鍵盤で両手に戻し、歌っていた線が聴こえるかを確認します。
音の切り方と強さを、両手で一緒に変えない
二つの線を意識できても、右手で音を切った瞬間に左手まで切れることがあります。音をつなぐ、少し離す、区切るといった扱いをアーティキュレーションと呼びます。それぞれの線に必要な長さを、もう片方の手につられずに作る練習をしましょう。
第1小節の後半なら、右手の八分音符と左手の十六分音符を比べられます。まずは左手の七音をなめらかに進めながら、右手の八分音符の間を少し離して弾いてみます。右手を離した場所で左手も途切れていないかが確認点です。これは独立を確かめるための一時的な弾き分けで、この曲の唯一の奏法を示すものではありません。
次に、自分が選んだ音のつなぎ方へ戻します。同じ音形が右手から左手へ移るところでは、まとまり方や語り口に関連が聴こえるかを確かめます。左右を違う扱いにできることと、いつも違う扱いにすることは別です。独立して動かせたうえで、同じ音楽の中にある二つの線として整えます。
音量も同じ順序で試せます。最初は左手の線を少し前に出し、右手は全音が聴こえる範囲で控えめにします。次は右手を前に出します。どちらの場合も、控えた側の音が抜けたり、拍が崩れたりしたら差を小さくしてください。「左手を聴く」を「左手を強打する」に置き換える必要はありません。
この練習では、まずペダルを使わず、指を離したときに線がどう変わるかを聴くと確認しやすくなります。演奏全体のペダル使用を一律に決めるためではありません。楽器や部屋の響きも踏まえ、最終的には二つの動きが濁らず伝わる響きを探します。
細かな音を合わせるだけで精いっぱいなら、両手が合わないときの練習の順序に戻り、音を置く位置から確認して構いません。その後に、音の長さとバランスを一つずつ加えます。一度に全部を変えると、何が聴き取りやすさにつながったのか分からなくなります。
第2小節へつなぎ、左手の休符まで聴く
第1小節で聴き分けられたら、第2小節にも同じ見方を持ち込みます。右手は「レ・ソ・ラ・シ・ド・ラ・シ・ソ」という十六分音符で始まります。この最初のレに続く「ソ・ラ・シ・ド・ラ・シ・ソ」に、冒頭の七音と同じ輪郭を見つけられます。音名が変わっても、上がり方と戻り方に耳を向けましょう。
第2小節・両声部。音とリズムを抜粋し、右手の装飾記号を省いています。
左手は1拍目にソを二つ弾き、2拍目を休みます。次のソは3拍目の十六分休符の後です。
音名・音価を文字で確認する
音の高さは中央のドをC4とする表記です。各段は4分の4拍子の1小節分で、装飾音の実音は含めていません。
上段・右手:D5・G4・A4・B4・C5・A4・B4・G4(各十六分音符)、D5・G5・F5・G5(各八分音符)。
下段・左手:G3・G2(各八分音符)、四分休符、十六分休符、G3・A3・B3・C4・A3・B3・G3(各十六分音符)。
左手は1拍目に八分音符で二つのソを弾き、2拍目を休みます。3拍目の頭にも十六分休符があり、その後に「ソ・ラ・シ」、4拍目に「ド・ラ・シ・ソ」と続きます。右手の細かな音が続いていても、左手の休符を埋めてしまわないようにします。
左手だけで第1小節の後半から第2小節の終わりまで弾くと、七音、二つのソ、休符、次の七音という流れが分かります。両手に戻すときも、その順序を耳の中に残してください。弾く音がない時間にも、次にどこで入るかという見通しは続いています。
小節をまたいだ途端に止まる場合は、第2小節だけを繰り返す前に、第1小節の最後の一拍からつなぎます。最後の音を弾いた手が次へ動けるか、拍の途中で次の指を探していないかを確かめます。つなぎ目が落ち着いたら開始位置を少し前へ戻し、最後に冒頭から2小節を弾きます。
テンポは、両手を動かしながら左手の休符を意識できる速さから選びます。遅すぎて一拍のまとまりが分からなくなったら、範囲を短くして拍を感じやすい速さを試す方法もあります。ゆっくり練習するときのテンポの決め方も参考になります。速さを上げる基準は、弾けた回数だけでなく、二つの線の続きが聴こえているかです。
両手に戻したら、一つの流れとして確かめる
分ける練習をした後は、2小節を止めずに弾きます。このとき、右手と左手を交互に強調することばかり考えると、音楽が細切れになります。新しい音形が入ってきても、続いている声部を急に弱めたり終わらせたりせず、二つが同じ拍の中で進むところへ戻します。
短く録音し、1回目は上の声部、2回目は下の声部に耳を向けてみましょう。まずは、狙った線を途中からでも追えるかを確かめます。その後に全体を聴くと、声部を目立たせようとして拍が重くなった場所や、フレーズが途切れた場所にも気づきやすくなります。録音の音質だけで細かな音量差を断定せず、実際に弾いているときの響きとも比べます。
練習の終わりには、次の三つを楽譜で指しながら説明できるか試してください。
- 第1小節で左手が入る位置と、そのとき右手が弾いている音。
- 同じ七音の形が、第2小節ではどの音から始まるか。
- 左手を聴こうとしたとき、右手の音の長さや拍に起きた変化。
最後の項目がまだ分からなくても、録音を聴く範囲を絞れば次の練習につながります。右手が止まるなら、その線を歌う段階へ。左手の入り口が早くなるなら、休符を含めた片手練習へ。音の区切りがそろってしまうなら、一方だけの長さを変える短い練習へ戻ります。毎回、全曲を最初からやり直す必要はありません。
次の練習日に、すぐ両手で弾かず、前回気になった声部の出だしを思い浮かべてみるのもよい確認です。続きが曖昧なら楽譜を見て確かめ、その場所だけ弾いてから重ねます。前日に出せた速さよりも、今日はどの線を聴こうとしているかを決めて始めると、練習の目的を保ちやすくなります。
モーツァルトの旋律と伴奏を弾き分ける経験があっても、バッハで声部を追うと違う難しさに出合うことがあります。K.545で必要になる技術と練習順序と比べながら、今の曲では左手も旋律を進めていることを確かめてください。冒頭で使った聴き方を、次に気になる短い箇所でも試していきましょう。
一人ではどちらの線が消えているのか判断しにくい場合は、弾きにくい1〜2小節をレッスンに持ってきてください。30分の無料体験レッスンでは、取り組んでいる曲と聴き取りたい声部をもとに、練習の進め方を相談できます。オンラインは現在受講でき、東京都内の対面レッスンは2026年10月開始です。全曲が仕上がってから申し込む必要はありません。
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