シューベルト《楽興の時》第3番 D780の練習:リズム・軽さ・音色
シューベルト《楽興の時》第3番 D780、Op.94-3は、短い旋律が軽やかに跳ねる小品です。ところが実際に弾くと、左手が重くなったり、装飾音のたびに拍が止まったりして、思っていた表情から離れてしまうことがあります。速さだけを上げても、この曲の身軽さは生まれません。
練習の中心は、二拍子の流れ、低音と和音の釣合い、短い音とつながる音の違いです。さらに、途中の明るい響き、強い和音、静かに戻る主題、最後の長調への変化まで聴くと、同じ伴奏が続く中にも物語が見えてきます。
ここでは全78小節を見渡しながら、実際の譜例で練習の焦点を考えます。小節番号は、左手だけの冒頭二小節を第1・2小節として数えています。
曲の中で変わる表情
- 第1〜18小節
左手の導入とヘ短調の主題 - 二拍子、スタッカートとスラー、装飾音
- 第19〜34小節
変イ長調の明るい場面 - 高くなる伴奏、アクセント、付点の長さ
- 第35〜50小節
強い和音と静かな応答 - フォルテからピアノへの音色の変化
- 第51〜64小節
主題の再登場とその続き - ピアニッシモからさらに静かな響きへ
- 第65〜78小節
ヘ長調へ向かう結び - ラのナチュラル、減衰、最後の静止
難易度と取り組む目安
この曲では、単音の旋律に加えて、右手の重音や和音、細かな装飾音が現れます。左手は低音と上の和音を交互に弾き、途中で音域も変わります。短い曲でも、両手の位置を確かめながら二拍子を保つ力が必要です。
ソナチネなどで、旋律を伴奏より前へ出すこと、スラーの終わりで音を収めること、和音へ手を移すことに取り組んでいる方には、学ぶ点の多い作品です。選曲の際は、冒頭だけでなく、第35小節の和音と第65小節以降の静かな重音も試してみてください。そこで時間が必要なのか、すでに持っている技術を音楽に生かせるのかが見えてきます。
最初のテンポは、装飾音を入れたあとも次の拍へ進める速さにします。「Allegro moderato」の性格を考えながら、音を短くするだけでなく、二拍が前へ流れる感じを育てていきます。選曲全体については、大人の中級者のためのクラシック曲選びでも、曲ごとに磨ける力を紹介しています。
冒頭二小節の左手
最初に聞こえるのは左手だけです。低いファと、その上のド・ファの和音が八分音符で交互に現れます。一小節に四回の打鍵がありますが、拍子は4分の2拍子。低音と和音で一拍を作ります。
4分の2拍子。調号はシ・ミ・ラ・レの♭。上段はト音記号、下段はヘ音記号。
譜例は横にスクロールできます。

この二小節には、旋律が入る前に曲の歩みを示す役割があります。低音を毎回強く押し、上の和音へ勢いよく飛び乗ると、伴奏だけですでに忙しく聞こえます。まず低音と和音を別々に弾き、それぞれに必要な音量を知ってから交互に戻します。
私はこの曲の冒頭で、四つの音が一つずつ並んで聞こえるか、それとも二つの拍として感じられるかを聴きます。全部の音を同じ強さにそろえると、整っていても足取りが硬くなります。低音が拍を示し、そのあとの和音が軽く応じる。その関係から始めると、右手を迎える余白ができます。
低音から和音へは、指を広げたまま両方の位置をつかみ続けず、音を離してから次の場所へ手を運びます。着地した和音の二音がそろうかも確かめます。片方だけ強く出る場合は、移動せずにその和音を弾いた音と比べると、移動の勢いが加わっているかを聴き取れます。
最初の二小節のスタッカートは、音を離して次へ進む性格を示しています。毎回、手を高く持ち上げる動作を足すと、着地が強くなりがちです。鍵盤から離れる距離を小さくし、音の終わりと次の入りの間にある静けさを聴いてみてください。
第3小節のリズムと装飾音
右手の旋律は第3小節から入ります。大きな音符だけを読むと、八分音符、十六分音符二つ、八分音符二つという形です。左手は同じ間隔の八分音符を続けます。最初から装飾音もまとめて勢いで弾くと、この長さの違いが曖昧になります。
第3小節:1拍を四つに分けて見る
図は主音符の長さを示します。最初の前打音は上の譜例で確認します。
リズム図は横にスクロールできます。
1拍目
2拍目
右手
八分
十六分
十六分
八分
八分
左手
八分音符
八分音符
八分音符
八分音符
右手の二つの十六分音符は、1拍目の後半に入ります。左手の四つの八分音符は等間隔です。
まず小さい前打音を外し、右手のラ♭・ラ♭・シ♭・ラ♭・ソを、左手の八分音符に合わせます。最初のラ♭は、その次のラ♭やシ♭の二倍の長さです。二つの十六分音符だけを急いで通り抜けず、一拍の後半を二つに分ける感覚で弾きます。
そのあと、最初のラ♭へ向かう小さいシ♭を戻します。装飾音から主音へ、耳と手の行き先を定めます。小さい音を鳴らすことに集中しすぎると、到着するラ♭が強くなったり、そこから先が止まったりします。装飾音を含めた一まとまりを歌ってから、次の拍まで続けて弾いてみましょう。
第4小節では、二つの小さい音から重音へ向かう形に変わります。第3小節と同じ勢いをそのまま当てはめず、到着する和音の響きを先に聴きます。装飾音の扱いは、使っている版の表記とフレーズの流れを合わせて考えます。大きな音符のリズムを土台にすると、装飾が加わっても拍を見失いません。
スラーと点の違いにも耳を向けます。第3小節では、二つの十六分音符にスラーがあり、その周りの八分音符にはスタッカートの点があります。すべてを短く切ると、この小さなまとまりが消えます。二音がつながるところ、軽く離れるところを弾き分けると、音量を大きく変えずに旋律の言い方が変わります。
第7〜18小節の響き
冒頭の旋律を覚えたら、同じような音型が続く場所で、何が変わっているかを聴きます。第7小節では右手の内側の音がラ♭からラのナチュラルへ進みます。左手の低音も変わり、同じ軽い動きの中に別の色が差し込みます。
右手の上の旋律だけを追っていると、この内側の半音を通り過ぎがちです。いったん装飾を減らして、上の音と内側の音を同時に鳴らしてみます。ラ♭とラで響きがどう変わるかを聴いてから、元のリズムに戻します。内声を強く目立たせる練習というより、和声の変化を自分の耳に入れる時間です。
第9小節では、右手が細かい音で動き、ミのナチュラルを含んで次のヘ短調の和音へ進みます。短い動きを一つずつ終わらせるより、第10小節の和音まで続けて弾き、どこに落ち着くのかを聴きます。第17〜18小節にも同じ関係が戻るため、二か所を比べて練習できます。
第11小節からの旋律は冒頭とよく似ています。最初のまとまりでどこまで進み、二度目はどこへ向かうのかを感じながら、第3〜18小節を長い一続きで弾いてみてください。短い音の多い曲でも、フレーズまで細かく分断する必要はありません。
第19小節からの明るい音域
第19小節からは変イ長調の明るい響きへ移り、左手も高い音域に上がります。下段がト音記号へ変わるので、ヘ音記号のつもりで読み続けないようにします。伴奏の形は低音と和音の交替ですが、鍵盤上の場所も、旋律との距離も変わっています。
両段ともト音記号。調号の四つの♭は継続。左手のラ♭と和音が高い音域に移ります。
譜例は横にスクロールできます。

右手はアクセントの付いたドを二回弾き、そのあとに細かな旋律が続きます。アクセントを毎回硬く打ちつける動作にすると、明るさより鋭さが前へ出ます。ドの音に輪郭を与え、その響きが次の小節を呼ぶように聴いてみます。
第20小節の前半は四つの十六分音符、後半は付点八分音符と十六分音符です。後半まで均等な四つの音のつもりで弾くと、付点の長さが失われます。二拍目のレ♭を十分に取り、その終わりのドを次の動きへ渡します。左手の八分音符が、長い音の途中でも拍の位置を知らせてくれます。
この部分で左手が旋律に近づくと、上の和音が目立つことがあります。右手だけのドの音色を覚えてから伴奏を加え、同じ音が聞こえ続けるかを比べます。音域が上がったからといって、伴奏の音量まで一緒に上げる必要はありません。
第24小節では左手がヘ音記号へ戻り、次のまとまりへ進みます。音部記号の変更は、単なる譜読みの注意点にとどまりません。音域が動いたときに響きの厚さがどう変わるかも聴くと、同じ伴奏形の繰り返しに表情が生まれます。
第35小節のフォルテと第39小節のピアノ
第35小節では、右手に四音の和音とアクセント、フォルテが現れます。続く第36小節の旋律へ向けて、音楽の言い方がはっきり変わる場所です。一方、第39小節にはピアノがあり、強い響きから別の柔らかさへ移ります。
上段はト音記号、下段はヘ音記号。調号の四つの♭は継続。
第35小節の和音は、まず一回だけ弾いて響きを聴きます。四音が同時に鳴るか、上のミが埋もれないか、弾いたあとも手に力を残していないか。二回の和音を続ける前に、出したい音の輪郭を決めます。右手が厚くなった分、左手まで同じ勢いで押すと、低い響きに覆われます。
第39小節では、左手の低音がラ♭からラのナチュラルへ半音上がります。右手はドを上に置いたまま、下の音がラ♭からソ♭へ変わります。この小さな動きが、静かな響きの中に緊張を作ります。ピアノへ落としたあと、音楽そのものまで平らにしないように、この変化を聴きます。
私はフォルテとピアノを練習するとき、音量の差を作ってから、それぞれの場面の続きを弾いてみます。強い和音のあとに旋律がどう話し始めるか。静かな場面の和声がどちらへ向かうか。前後まで聴くと、強弱が二種類の打鍵に分かれず、フレーズの表情になります。
第43小節からも、この強い呼びかけと静かな応答が戻ります。片方のまとまりを覚えたら、もう一方と続けて弾きます。同じ素材でも、そのあとの第51小節の再登場へ向かう距離を感じると、中間部が一つの流れにまとまります。
第51小節の再登場と静かな音
第51小節で冒頭の旋律が戻りますが、ここにはピアニッシモが書かれています。最初の弾き方をそのまま再生するより、中間部を通ったあとの静けさを聴かせたい場所です。第50小節の終わりから第51小節へ続け、その境目で音色を変えてみます。
小さく弾こうとして鍵盤に触れる動きまで曖昧になると、装飾音や重音の片方が抜けます。まず右手の主音符だけで、静かでも輪郭のある音を出します。その音に装飾と左手を加えていきます。冒頭で作った拍の流れは保ちながら、音の密度を変える練習です。
第59小節以降は冒頭と同じ形を繰り返すだけではなく、旋律が先へ伸びます。第63小節にはさらに弱いピアニッシッシモが現れます。強弱記号を見て、その場で急に小さくするだけでなく、前のフレーズからどのように落ち着いてくるかを聴きます。
この弱さは、曲を止める合図ではありません。左手の八分音符を静かに続けながら、右手の長い音やスラーがどこまで進むかを感じてください。細かな打鍵への注意と、長い旋律を聴く注意を行き来することが、この後半の練習になります。
第65小節以降のヘ長調
終わりに近づくと、ラやレのナチュラルが現れ、ヘ長調の明るい色へ向かいます。調号は四つの♭のままなので、臨時記号を読んで変化を捉えます。ラ♭の響きに慣れた耳で、最後まで同じ音を弾き続けないようにします。
上段はト音記号、下段はヘ音記号。四つの♭の調号に、臨時記号が加わります。
譜例は横にスクロールできます。

第65・66小節では、右手の内側のラのナチュラルと上の旋律を一緒に聴きます。指の形を覚える前に、ラ♭からラへ変わった色を味わってください。小さな前打音のレにもナチュラルが付いています。飾りの音も、最後の響きを作る一部です。
この部分にはディミヌエンドがあります。音を弱めるにつれて拍まで遅くなってしまうと、終わりまでの距離が長く感じられます。まず同じ二拍子の中で音量だけを変えて弾き、旋律のまとまりを保ちます。そのうえで、全体の終わり方に合う呼吸を考えます。
左手のファ♯とレ♭を経て、最後はヘ長調の響きへ。最終小節では左右とも二分音符にフェルマータ。
譜例は横にスクロールできます。

第73小節の左手にはファ♯、第75小節にはレ♭が現れます。ヘ長調になったからと白鍵だけで読み進めず、最後の数小節にも響きの陰影を残します。伴奏をゆっくり和音にまとめて鳴らし、次に旋律を加えると、それぞれの色がどこへ解けるかを聴けます。
最後の第78小節では、左右とも二分音符とフェルマータです。それまで交互に動いていた左手が、ファ・ド・ファを一度に鳴らして止まります。直前までの歩みと、この最後の静止の違いを大切にします。最後の和音だけを長く伸ばす練習にせず、第73小節から終わりまでを一つの結末として弾いてみましょう。
ペダルと全曲の仕上げ
この曲では、短い音の輪郭と和声の響きの両方が必要です。最初にペダルなしで、左手の離し方と右手のスラーを聴き分けます。そのあと、和音やフレーズに響きがほしい場所へペダルを加え、離したはずの音が残りすぎていないかを確かめます。
特に、低音が変わる場所や臨時記号で色が変わる場所では、前の響きを持ち越していないか聴きます。冒頭から終わりまで同じ深さ、同じ間隔で踏むより、ピアノと部屋の響きに合わせて調整します。基本的な踏み替えは、濁らせずに使う初めてのペダルも参考にしてください。
全曲を録音したら、一度は左手の歩みだけを追って聴きます。装飾音の直前で止まっていないか、フォルテのあとで急いでいないか、後半の弱音で遅くなりすぎていないか。次は旋律を聴き、冒頭、中間部、再登場、最後の長調で、それぞれ違う表情が聞こえるかを確かめます。
練習の成果は、最初より速く弾けたかだけで測るものではありません。低音と和音が二拍子を支え、短い旋律が自然に話し、最後の静かな響きまで耳が届くこと。この小品には、そうした細やかな変化を楽しむ余地があります。
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