大人のピアノ中級者の選曲:伸ばしたい力で選ぶクラシック6曲
ブルグミュラーやソナチネを何曲か弾いたあと、次に選ぶ曲で迷うことがあります。好きな曲は増えたのに、楽譜の「中級」という表示だけでは、自分に何が合うのか分からない。そんなときは、次の曲でどんな音楽を弾けるようになりたいかから考えてみてください。
旋律を歌わせたいのか、左右の声部を聴き分けたいのか。それとも、和音の響きやペダルを磨きたいのか。ここでは、初中級から中級の大人が選曲を考えるための6曲を、課題ごとに紹介します。音の少ない小品も含めています。同じ曲でも、初めて最後まで弾く段階と、音色やフレーズを練る段階では、取り組む内容が変わるからです。
中級の目安と選曲の軸
この記事で想定するのは、両手の楽譜を読み、短い作品を一通り仕上げた経験のある方です。右手が歌う間に左手を控えめにする、指替えを含む音階を弾く、休符を含めて拍を保つ。こうした基礎を、曲の中で少しずつ使っている段階です。まだ両手の譜読みそのものに多くの時間がかかる場合は、初心者向けのクラシック曲と選び方から候補を探してください。
一方で、ソナチネを弾いた経験があっても、バッハの2声は初めてという方もいます。速いパッセージは得意でも、静かな和音の上の旋律が埋もれることもあります。選曲では、この得意不得意の違いが大きく響きます。曲集を何冊終えたかに加えて、今の演奏で耳を向けたい場所を考えます。
私は次の曲を選ぶとき、まず今弾いている曲の一節を聴きます。左手が大きくなる場面があれば、その音が強い理由を確かめます。旋律を聴く余裕がないのか、和音をつかむたびに手が固まるのか。その違いによって、歌う小品を選ぶか、伴奏の動きを整える曲を選ぶかが変わります。
新しい候補は、冒頭に加えて、中間部と終わりも楽譜で見ておきます。例えば《エリーゼのために》は、よく知られた主題と途中の細かい動きで必要な準備が異なります。「冒頭が弾けた」という手応えと、全曲に使える練習時間を照らし合わせることが、選曲の出発点です。
旋律の歌わせ方:シューマン
《初めての悲しみ》Op.68-16は、短い旋律を丁寧に歌わせたい方への候補です。《ユーゲントアルバム》に収められた小品で、Erster Verlustという原題から《初めての喪失》などと訳されることもあります。静かな曲ですが、旋律の途中で響きが細くなると、音楽の張りが消えてしまいます。
冒頭では、右手の線を追いながら、左手が加わったときの音量を聴きます。伴奏の和音が鳴るたびに旋律の存在感が変わってしまうなら、まず旋律だけで、どの音へ向かい、どこで息をつくかを歌ってみます。その歌い方を残したまま左手を戻すと、伴奏のどの音が邪魔をしているかが聞こえます。
ここで育てたいのは、右手をずっと強く弾く習慣ではなく、旋律の流れを聴きながら、支える音の重さを選ぶ耳です。私は歌う曲のレッスンでは、フレーズの最後の音をよく聴きます。頂点だけ立派でも、終わりが無造作に落ちると、その前の音まで急いで聞こえるからです。小さい音に向かうときほど、次の音の響きを先に思い描きます。
この曲を選びたいのは、ゆっくりなら音を読めて、両手の強弱を変える実験ができる方です。旋律だけを弾いても毎回違う場所で止まる段階では、歌い方より譜読みが中心になります。すでに弾いた曲なら、伴奏を加えても同じフレーズが聞こえるかを改めて探る、弾き直しの1曲にもなります。


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2声の対話:バッハ
《インヴェンション第8番》ヘ長調 BWV779では、両手がそれぞれ音楽を進めます。冒頭の右手を追いかけて、左手にも同じ形が現れます。片方を旋律、もう片方を伴奏として扱ってきた方には、聴き方そのものが広がる作品です。
バッハ《インヴェンション第8番》BWV779、第1〜3小節

右手が始めた形を、第2小節から左手が受け取ります。その間も、右手の線は先へ進みます。
譜例を選択すると拡大できます。
譜例の読み方・全曲の楽譜
上段・下段ともヘ長調、3/4拍子。第1小節は右手が8分休符のあとに動き、左手は休み。第2小節で左手が同じ形を始め、右手には16分音符の動きが加わります。第3小節では左手にも細かい動きが現れます。
Allen GarvinによるMutopiaのパブリックドメイン版。Bach-Gesellschaft版に基づく既存の楽譜を抜粋。
全曲の楽譜(PDF)譜例の第1小節では、右手が8分休符のあとに動き始めます。第2小節では左手にも同じ始まり方が現れ、その上で右手は16分音符を含む動きへ進みます。まず右手の冒頭を歌い、その形を左手で弾いてみてください。同じ話し方が別の高さに移ったことを耳で捉えます。
両手を合わせると、細かく動く声部だけに注意が吸い寄せられがちです。そこで左手の8分音符を聴きながら弾き、次に右手へ注意を移します。これは一方を大きく、他方を小さく弾き続ける練習ではありません。2本の線のどちらを聴いても、その先を追える状態を目指します。速さを上げる前に、休符や音の終わりも含めて、それぞれの線を保ちます。
選曲時には、左手だけでも音の並びとリズムを保てるかを試します。右手と同じ速さまで急ぐと左手が崩れるなら、その差を埋める時間がこの曲の練習に必要です。2声が初めての場合は、《インヴェンション第1番》の声部を聴き分ける練習も参考になります。第1番を終えたら自動的に第8番へ、という順序よりも、実際に聴き分けられる範囲を確かめて選びます。
古典派の語尾:クレメンティ
《ソナチネ》Op.36-1 第1楽章は、すでに習ったことのある方にも検討してほしい曲です。音階の速さに加えて、フレーズの語尾、休符、問いかけと答えの違いを磨けます。以前は「間違えずに弾く」で終わった曲を、今の耳で弾き直す価値があります。
冒頭の右手は、上へ飛ぶ動きと順に下りる動きを組み合わせています。その形を全部同じ強さで並べると、拍は合っていても、ひとまとまりの言葉として聞こえません。フレーズが始まる音、動きの中心になる音、収まる音を弾き分け、続く休符まで含めて一息に聴きます。休符の前で鍵盤を離すタイミングが変わると、音楽の表情も変わります。
後半には、冒頭で覚えた形が違う音や響きで現れます。指の動きを覚え直すだけでなく、どこから落ち着かない響きになり、どこで主題が戻ったと感じるかを聴いてください。形式を知ることが、戻ってきた旋律をどう弾くかという演奏の判断になります。
この楽章が合うのは、音階や分散和音の途中で指が止まることが減り、短いフレーズの終わり方まで聴ける方です。譜読みが軽い分、音を離す瞬間や左手との釣合いに時間を使えます。練習の掘り下げ方はソナチネで伸び悩んだときの見直しで扱っています。
次にモーツァルト《ソナタ K.545》を考えている場合は、長い音階や左手の伴奏を含めて比べましょう。ソナチネの次だからソナタ、という曲名の順番だけでは、今の手に合う負荷を判断できません。クレメンティの全3楽章を異なる性格で仕上げることも、次の充実した目標です。
和声とペダル:ショパン
《前奏曲》イ長調 Op.28-7は、短い時間の中で和音の色を味わえる作品です。動く音が少ない分、和音の一番上の旋律、低音の響き、ペダルを離す瞬間がよく聞こえます。速い曲を増やす前に、響きを聴く時間を持ちたい方に向いています。
ショパン《前奏曲》Op.28-7、アウフタクトと第1〜4小節

旋律のまとまりは小節線を越えます。上の旋律を追いながら、低音と内側の音がどう響くかを聴きます。
譜例を選択すると拡大できます。
譜例の読み方・全曲の楽譜
イ長調、3/4拍子、Andantino。右手の4分音符のアウフタクトに続いて和音が現れます。スラーは小節線をまたぎ、左手には低音と、それより高い和音が置かれています。ペダル記号は掲載版の表示です。
Magnus Lewis-SmithによるMutopiaのパブリックドメイン版。Edition Petersを底本とする既存の楽譜を抜粋。
全曲の楽譜(PDF)譜例では、旋律が拍の途中から始まり、次の小節へ歌い込んでいます。小節線ごとに仕切ると、この流れが途切れます。一方、ペダルで全部を長く残すと、低音や和音の変化がぼやけます。旋律をどう続けるかと、響きをいつ入れ替えるかを、同時に聴くのがこの曲の面白さです。
まずペダルなしで和音を弾き、上の旋律を歌ってみます。和音の真ん中の音が急に飛び出す場所があれば、ペダルを加える前にその釣合いを整えます。次に短い範囲でペダルを使い、低音が変わったあとにも前の響きが残りすぎていないかを聴きます。踏み替えの動作だけを合わせるのではなく、新しい和音が聞こえたかどうかで判断します。
選ぶ前に、終盤の厚い和音にも手を置いてください。冒頭の印象だけで決めると、そこだけ手の開きや指使いに苦労することがあります。指が届くかに加えて、無理に広げたまま力が残らないかも見ます。和音の取り方を先生と試し、旋律を保って弾ける見通しが立てば、短い曲を深く仕上げる題材になります。
楽譜によって指使いやペダルの表示が異なる場合があります。掲載した譜例の印も参考にしつつ、自分の楽器で響きを確かめてください。版を選ぶときの考え方は原典版とピアノ楽譜の基本にまとめています。
左手の跳躍:グリーグ
《抒情小曲集》第1集の《ワルツ》Op.12-2は、左手の低音と和音の往復を、舞曲の流れの中で扱う曲です。低い音へ戻るたびに拍が遅れる方や、和音へ移ると音が強くなる方にとって、動きと響きを一緒に見直す題材になります。
グリーグ《ワルツ》Op.12-2、冒頭の段

左手だけの2小節で、すでに舞曲は始まっています。右手が入ってからも、低音と和音の往復を軽やかに保ちます。
譜例を選択すると拡大できます。
譜例の読み方・全曲の楽譜
3/4拍子、Allegro moderato。左手は1拍目の低音から2・3拍目の和音へ移動します。右手は最初の2小節を休み、第3小節で旋律を始めます。低音への戻りで拍が伸びないか、和音が強く飛び出さないかを聴きます。
Sibley Music Library所蔵、Peters版(プレート番号8460)の印刷譜から抜粋。所蔵館はこの版をパブリックドメインとしています。
表紙とワルツ全曲(PDF)冒頭は左手だけで始まります。低音のあとに和音が続き、この伴奏が作った拍の中へ右手が入ります。右手が歌い始めてからも、左手には低音と和音の距離を移動しながら、拍の流れを保つ役割があります。低音を長くつかみすぎると、和音へ急いで飛びつくことになります。
最初は左手の低音だけを拍に合わせて弾き、次に和音を加えて、移動の途中で何が起きるかを見ます。指を横に伸ばし続けるより、腕ごと次の位置へ運び、和音の場所へ着いてから鍵盤を下ろします。移動の練習では、着いたところで一度止める方法も使えます。音楽へ戻したら、その停止を取り除き、低音、和音、次の低音が一続きに流れるかを聴きます。
跳躍の幅だけで難しさを決めず、移動先の和音を小さな音で弾けるかも試してください。正しい鍵盤に着いても、毎回強いアクセントが付くなら、伴奏の性格が変わってしまいます。譜例にあるスラーや強弱を見ながら、低音を支えにしつつ、和音の響きが旋律を覆わない配分を探ります。
この曲では、中間部に入ったときの響きや手の形も確認します。冒頭の伴奏だけを何度も繰り返すより、性格の違う部分まで読んだうえで、全曲を練習する見通しを立てたい作品です。左手の移動に目を向ける時間と、右手の旋律を聴く時間を交互に持てることが、選曲の目安になります。
曲想の切替え:ブルグミュラー
《バラード》Op.100-15は、暗い出だしと、明るく歌う中間部の対比が魅力です。ブルグミュラーを以前終えた大人にも、曲想の切替えを掘り下げるために取り上げたい作品です。教本の進度を戻すというより、1曲の中で違う音色を使う経験を増やします。
冒頭は右手の和音の反復から始まり、そこへ左手の細かい動きが加わります。速さや勢いに任せると、右手の和音が重くなり、左手の線が聞こえなくなります。まず左手の動きを声に出せるほど明瞭にし、その上に右手の反復を重ねます。緊張感のある音楽でも、手は1つずつの音から次へ動いていきます。
中間部では、長い旋律と伴奏の関係へ切り替わります。ここまで冒頭と同じ打鍵のまま進むと、音量を下げても歌う性格が出ません。旋律の長い音を聴き、その音が残っている間に伴奏がどう支えるかを考えます。再び冒頭の材料が戻るときには、静かな部分で落ち着いた拍を、元の動きへ戻す必要があります。
この曲を選ぶときは、冒頭の左手と中間部の両手を、それぞれ短く試してみてください。両方がある程度弾けても、切替えの直前で急に速くなる、あるいは止まる場合があります。通して弾いたときに初めて現れる課題です。発表会に向けては、難所単独の成功に加えて、その前後の音楽を含めて練習する時間を見込みます。
反復和音を長く弾いて手が固まるなら、まず音量や動きを見直します。演奏の持久力を育てるときも、力を入れたまま耐える練習にはしません。終盤でも冒頭と同じように音を選べるか、曲想が変わっても呼吸が浅くならないかを、短い通し演奏で観察します。
2曲の組合せと本番
1曲に何もかも求めるより、性格の違う2曲を組み合わせると、練習の中に違う聴き方が生まれます。例えば、次のような組合せです。
- 歌う音と2声:シューマン《初めての悲しみ》とバッハ《インヴェンション第8番》。旋律と伴奏の釣合い、独立した2本の線を、それぞれ別の曲で扱います。
- 明快な語尾と響き:クレメンティOp.36-1 第1楽章とショパンOp.28-7。休符や音の切り方を意識する時間と、和音の余韻を聴く時間を作ります。
- 舞曲と物語:グリーグ《ワルツ》とブルグミュラー《バラード》。拍の流れを保ちながら、伴奏の移動と曲想の対比を掘り下げます。
仕事の忙しい時期なら、2曲とも新しい曲にせず、1曲はすでに読めるものにすると、毎回の練習を譜読みだけで終えずに済みます。以前の曲を音色まで磨き、その横で新しい曲を少しずつ読む。弾き直す曲にも「旋律の最後の音を整える」など、今の耳で取り組むテーマを持たせます。
発表会の候補は、予定する繰返しを含めて弾いた長さを測ります。演奏時間だけでなく、後半で集中が落ちる場所、和音の反復が重なる場所、譜めくりも見ます。クレメンティを第1楽章だけ弾くのか、全楽章弾くのかでも、準備の量は変わります。3つの楽章を続けるなら、楽章間の間合いと、次のテンポを内側で聴く時間も演奏の一部です。
本番が近いときは、すでに音楽として流れている曲を中心に選びます。新しい作品への挑戦は続けながら、舞台に出す曲では、出だしから最後の響きまでを自分で運ぶ経験を積みます。曲の難度を上げることと、演奏を深めることの両方に、次の目標があります。
レッスンでの選曲相談
選曲を相談するときは、今弾いている曲と、気になっている候補を一緒に持ってきてください。「この曲が好き」という気持ちに加えて、歌う音を磨きたい、左手を自由にしたい、といった希望も伺います。私は実際の演奏を聴き、候補の短い箇所を一緒に試しながら、何に時間を使う曲になるかを考えます。
例えば、ショパンの和音が手に収まっていても、旋律が埋もれるなら、釣合いを聴くところから始めます。バッハで両手がつられるなら、片方の声部を歌いながら弾く方法を試します。曲名を決めるだけでなく、その曲を学ぶときの最初の焦点まで見つけるのが、選曲相談の役割です。
Vienna Piano Schoolでは、中学生以上の方を対象に、Eneaによる個人レッスンを日本語・英語・ドイツ語で行っています。オンラインは現在受講でき、東京・新宿での対面レッスンは2026年10月から始まります。30分の無料体験レッスンでも、現在のレパートリーと次に弾きたい曲をご相談いただけます。
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