MUK(ウィーン市立音楽芸術大学)のピアノ留学:学士・修士と受験準備
MUKでピアノを学びたいと思ったら、最初に考えたいのは「どの課程で、何を伸ばしたいか」です。日本で高校を卒業して学士課程へ進む場合と、音大などでの学びを経て修士課程を目指す場合では、出願資格も演奏に求められる幅も変わります。
私はMUKのピアノ演奏修士課程を優等で修了しました。留学準備の相談では、現在の演奏を聴くことに加えて、その人が今の学びの先に何を求めているかを大切にしています。音色を掘り下げたいのか、室内楽の経験を増やしたいのか、自分で解釈を組み立てる力を育てたいのか。そこから、受験曲と入学後の勉強を一緒に考えていきます。
MUKの日本語名はウィーン市立音楽芸術大学。ドイツ語では Musik und Kunst Privatuniversität der Stadt Wien といい、ウィーン国立音楽大学(mdw)とは別の大学です。この記事では、MUKのクラシック・ピアノを日本から志望する方に向けて、課程選び、実技、出願、語学、費用を解説します。
募集年度について:現在のピアノ入試ページに掲載されているのは、出願締切が2026年2月4日、現地試験が同年4月だった、終了済みの2026/27冬学期入学の募集です。以下の課題曲比較はその要項に基づきます。次の入学年度を目指す場合は、新しい日程と課題曲の公表後に照合してください。
学士・修士の出願資格
演奏専攻の学士課程(BA)は、8学期を通じて専門的な演奏力と音楽家としての基礎を育てる課程です。入学前から、複数の時代の作品を弾く力が求められます。大学に入ってから受験曲の水準に追いつくというより、すでに積んだ訓練を土台に、演奏の幅と自立性を深めていく学びです。
MUKは、出願や在学の条件として、Matura、Abitur、高校卒業証書などの一般的な大学入学資格を求めていないと説明しています。ただし、学士の年齢条件や実技選考はあります。「日本の高校を卒業する年だから受験する」と決める前に、現在のレパートリーと、音楽に向き合える時間を見て判断したいところです。
修士課程(MA)は4学期。修了した学士課程、またはMUKが同等と認める資格が前提になります。日本の大学名や専攻名だけで自己判断せず、取得する学位、修了時期、学修内容を伝えて確認します。特に卒業見込みの段階で受験したい場合は、学位証明をいつまでに提出するかを、出願前に大学へ問い合わせておきましょう。
修士志望者には、これまでの訓練を踏まえた課題も必要です。「さらに上手になりたい」という希望を、たとえば「後期ロマン派の厚い響きの中で声部を聴き分けたい」「独奏中心の経験に室内楽を加えたい」と掘り下げる。その課題と、選ぶ先生やカリキュラムを照らし合わせます。
年齢は、演奏専攻BAが17歳以上、推奨される上限が25歳です。25歳を一律の受験禁止年齢と読み替えず、該当する方は個別に照会してください。MAには年齢制限がなく、器楽・声楽教育のIGP学士課程は17歳以上で上限なしと案内されています。IGPではピアノの実技に加え、教える力や適性を見る選考も受けます。演奏家としての研鑽と、指導する仕事への関心をどう育てたいかが、課程を選ぶ軸になります。
カリキュラムと先生選び
先生の演奏や経歴に惹かれることは、留学先を考える大きなきっかけになります。同時に見ておきたいのが、個人レッスン以外の授業です。MUKのピアノBAは240 ECTS、MAは120 ECTSで構成され、室内楽、理論、分析などが学びに含まれます。ECTSは学修量を表す欧州の単位制度です。日本の単位をどう認定するかは、大学による審査の問題として扱います。
たとえば、独奏では自然に運べていたフレーズが、弦楽器と合わせると長すぎると感じられることがあります。そこで相手の弓の動きや息の長さを聴くと、自分のテンポの取り方にも新しい選択肢が生まれます。和声分析も、試験のための知識で終わらせず、どの低音が次の響きを呼んでいるかを探すために使えます。大学での学びには、そうした行き来があります。
先生との相性を考えるときは、憧れる音だけでなく、レッスンでどのように音楽を話し合うかにも目を向けます。相談や受講の機会が得られたら、今の自分が迷っている箇所を持っていくとよいでしょう。たとえば、同じ主題が戻る場面で最初と同じテンポにするか、少し重みを変えるか。自分の考えを弾いて示し、別の案を試したときに何が聴こえるかを確かめます。
私は受験準備でも、まず本人の演奏上の選択を聞きたいと思っています。すべての答えが固まっていることより、音を聴いて考え直せることに、その先の学びを感じるからです。複数の大学を検討している段階なら、オーストリア・ドイツの音大選びも併せて読んでみてください。


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学士・修士の課題曲
MUKの要項は、「バッハ、ソナタ、練習曲を用意する」と大づかみにせず、課程ごとの文言まで読みます。学士ではフーガのみ、修士では前奏曲とフーガという違いがあり、自由曲の長さにも条件があります。下の比較は、演奏専攻BAとMAの主な違いです。
終了済みの2026/27年度募集要項から抜粋した比較です。次の入学年度の曲目は、新しい要項で確認します。
| 項目 | 学士(BA) | 修士(MA) |
|---|---|---|
| 動画の演奏時間 | BA:15分以上 | MA:20分以上 |
| 技巧的な作品 | BA:技巧的な練習曲、または練習曲に類する短い技巧的作品を1曲 | MA:異なる様式の時代から技巧的な作品を2曲 |
| 多声音楽 | BA:前奏曲を除いたフーガ、または厳格な多声音楽。3声以上 | MA:前奏曲とフーガ、または厳格な多声音楽。3声以上 |
| 動画の他の曲目 | BA:古典派ソナタの速い楽章、または変奏曲の抜粋(遅い部分だけは不可)。加えて自由曲 | MA:8分以上の自由選択作品を1曲 |
| 現地試験の準備曲 | BA:計30分以上。動画で選んだ古典派作品の全曲、ロマン派、20・21世紀の作品、自由曲 | MA:計40分以上。古典派のソナタまたは変奏曲、ロマン派、20・21世紀の作品(印象主義・近現代)、別枠で1950年より後の前衛的・非調性的作品 |
両課程とも、動画はドイツ語または英語の自己紹介(最長2分)の直後に、演奏を途切れず収録します。古典派の枠にはシューベルトを含みます。暗譜が原則で、1950年より後の現代作品は例外です。
「準備曲30分・40分」と当日の演奏時間
現地試験では審査員が演奏箇所を選びます。30分・40分は準備するプログラムの最低時間で、全曲をそのまま弾く時間の保証ではありません。冒頭だけでなく、各楽章や途中の箇所からも、その曲の流れに入れるように準備します。
学士で見落としやすいのは、動画で選んだ古典派作品と、現地試験で準備する作品の関係です。ソナタの速い楽章を動画に使うなら、後の試験に向けてそのソナタ全体を準備します。第1楽章だけを先に仕上げ、動画通過後に残りの楽章へ着手する計画では、緩徐楽章や終楽章に十分な時間をかけられないことがあります。
修士の現地試験では、20・21世紀の作品の枠に加え、1950年より後に作曲された前衛的・非調性的な現代作品の枠があります。作曲年が新しいという理由だけで選ばず、書法も照合します。普段のレパートリーがロマン派中心なら、慣れない記譜、拍の感じ方、音の出し方を理解する時間まで見込んで選びたいところです。
学士の現地試験要項には、面談のほか、提示された発想による短い即興や、当日渡される短い曲などの課題が加わる可能性も記されています。準備曲を暗譜で再現する練習と並べて、新しい楽譜を読み、音に反応する経験も積んでおきます。要項に書かれた条件と、先生と相談する音楽上の課題を分けて考えると、選曲の理由が曖昧になりません。
選曲と演奏の準備
課題の枠が分かったら、今度は曲同士の組合せを考えます。強い音と速い動きが得意でも、その魅力だけが続くプログラムでは、別の表情を聴かせる場面が少なくなります。自由曲には、長く保つ旋律、舞曲の呼吸、弱音の色彩など、他の曲で十分に示せない一面を持たせる余地があります。
多声音楽では、主題の入りを強く弾くだけでなく、その後の線を最後まで追ってみてください。3声なら、各声部を単独で歌い、2声ずつ組み合わせ、最後に全体へ戻します。私は、内声が和音の中に入った瞬間や、左手の位置が変わるところで線が途切れていないかを聴きます。指の動きは止まっていなくても、音楽の流れがそこで切れていることがあるからです。
ソナタでは、各楽章を通して弾く力に加え、楽章どうしの性格を捉えたいところです。速い楽章の運動感、緩徐楽章の一音の長さ、終楽章の軽さを、同じタッチで処理していないか。練習の一部では、旋律と低音だけを弾いて響きの向かう先を聴き、その後に内側の音を戻すと、伴奏に埋もれていた和声の動きが表に出ます。
技巧的な作品は、速さが上がるほど何が崩れるかを確かめます。オクターヴで旋律が硬くなるのか、分散和音で低音の拍が曖昧になるのか、跳躍のたびにテンポが揺れるのか。原因によって取り組む練習は変わります。曲名の難しさより、実際の音に残っている問題を聴くことが、選曲を続けるか変更するかの判断にも関わります。
全曲を弾く日には、弾き終えた直後の印象だけで完成度を決めず、録音で静かな箇所も聴き直します。冒頭の緊張感が、弱音の移行や終わりの和音まで続いているか。途中から弾く練習では、記憶の目印に加えて、その場所の調性や声部の関係を説明してみてください。審査員が途中の箇所を指定したときにも、その音楽の中へ入り直す練習になります。
受験までの期間を考える際は、すでに弾いた曲、新しく譜読みする曲、全曲を仕上げる必要がある曲を分けて見積もります。通過を目指す動画だけに練習時間を集めず、現地試験のプログラムにも早くから触れておきましょう。長い準備期間の考え方は、音大受験の12か月計画で扱っています。
出願書類と演奏動画
出願にはオンラインシステムのMUKonlineを使います。パスポートなどの本人確認書類と写真、演奏動画のリンクに加え、次の資料を準備します。
- 音楽歴を含む履歴書:学んだ学校、専攻、指導を受けてきた内容、演奏活動を記載します。
- 志望理由書:MUKで取り組みたい音楽上の課題と、その課程を選ぶ理由を書きます。
- 試験曲目表:作曲者、作品名、作品番号、演奏する楽章を明記します。
- 修士の学位資料:学士または同等資格の証明を用意し、提出時期や書類の言語は大学に確認します。
日本での経歴を伝えるときは、学校の正式な英語名称や証明書の表記を軸にします。演奏歴の年数を長く見せるより、どんな曲を学び、どんな演奏経験を積んだかを読み手が追えることが大切です。MUKonlineの氏名も、パスポートの綴りとそろえます。
志望理由は、街への憧れから一歩踏み込んで書きます。たとえば、室内楽で他の奏者に応答する経験を増やしたいのなら、これまでの経験と、今不足を感じている場面を挙げます。その内容が選曲や希望する学びと一致していれば、動画の自己紹介でも、自分の言葉で話せます。
ピアノの動画は、ドイツ語または英語による最長2分の自己紹介に続けて、課題の演奏を編集せず収録する形式です。自己紹介と演奏を別々の出来のよいテイクからつなぐ方法は、この条件に合いません。話し終えてから最初の音を出すまでを含めて練習すると、当日の呼吸や集中の変化も分かります。
MUKの共通撮影案内では、今回の出願のために作る新しい動画を求め、編集・後処理を禁止しています。上半身全体、顔、楽器が分かる画角にし、ログインや追加の閲覧許可なしで開けるリンクを、結果が届くまで有効にしておきます。音と画角の調整はピアノの録画審査の準備も参考にしてください。
出願料は50ユーロです。書類の提出と入金の両方を期限までに完了させる必要があり、海外送金の手数料は送金者負担とされています。締切日の操作だけで済むと考えず、銀行の処理とMUKonline上の受付状況を確かめる時間を残します。
ドイツ語の証明とレッスンの言葉
MUKの授業は原則ドイツ語です。演奏専攻BA・MAは初回の入学登録時にB1、IGP学士課程はB2の証明が基本条件となっています。入試への出願時点と、入学登録時点を区別して予定を組みます。大学は例外的な取扱いも案内していますが、利用できるかは本人の事情を伝えて確認する事項です。
日本で語学試験を受けるなら、受験日だけでなく、結果や証明書を受け取れる時期まで調べます。大学が受け付ける証明書の種類を確認したうえで、入学登録に間に合う回を選びましょう。演奏準備が忙しくなる直前に初めて語学を始める計画では、両方の課題が同時に重くなります。
一方、レッスンで使う言葉は、曲と一緒に覚えていけます。Ab der Durchführung と言われたら展開部から弾く。Die Mittelstimme と言われたら内声に耳を向ける。自分の楽譜で場所を示してすぐに弾く練習をすると、単語を日本語へ置き換えるだけで終わらず、音楽の動作として覚えられます。
こちらから演奏の意図を伝える練習も役立ちます。「ここで少し待ったのは、和声の変化を聴きたかったから」「上の旋律を出したら、内声が消えてしまった」。まず日本語で短く言い、その内容を簡潔なドイツ語でも説明してみます。私は、難しい表現を増やす前に、今弾いた数小節について会話を続けることを重視します。
IGPを目指す方は、相手に説明する言葉にも取り組みたいところです。同じリズムを、数える、歌う、手拍子をするという別々の方法で示し、相手の反応を聞く。音楽を学ぶ言葉と、教える言葉の両方を使う経験になります。よく出てくる表現や読み方は、ピアノのドイツ語用語にまとめています。
日本からの受験と学費
日本国籍の学生について、2026/27冬学期からの公表授業料は、演奏専攻BA・MAが1学期1,380ユーロ、IGPが1学期1,920ユーロです。別にÖH(オーストリア学生連合)の会費26.20ユーロが学期ごとにかかります。受験料50ユーロは、この授業料とは別の費用です。
授業料表は国籍別の区分を設けており、日本で暮らしていることだけで料金が決まるわけではありません。異なる国籍の方は自分の区分を照合してください。日本国籍の演奏専攻なら、2学期分の授業料は現在の単価で2,760ユーロ。ここに住居、食費、交通、語学、練習環境、渡航の費用を加えて予算を立てます。円で管理する場合は、送金時の為替と手数料も含めて考えます。
現地試験に招かれた際には、演奏日だけでなく、到着してから楽器に触れる時間も確保したいところです。日本からの移動後に、初めて触る鍵盤で準備曲を弾く状況を想像してみてください。滞在中の練習場所、楽器、予約できる時間が分かれば、到着後に何を聴いて調整するかまで考えられます。
受験のための渡航と、入学後に暮らすための在留手続きは、それぞれの目的に合う公的案内を確認します。MUKの出願案内から、留学支援機関OeADや担当当局の情報へ進めます。学費だけで渡航を決めず、書類の準備期間と、合格後に生活を始める費用も予算に入れておきましょう。
入学後の練習環境
留学先での一週間には、個人レッスンだけでなく、授業や室内楽の合わせが入ります。練習時間をただ長く確保するより、前回のレッスンで試したことを自分で聴き直し、次の合わせに持っていく時間が必要になります。
住居を選ぶ際は、大学への距離と同時に、どの楽器をどこで弾くかを考えます。大学の練習室の利用・予約方法、自宅での楽器や演奏時間の条件を調べ、日々の授業と両立する場所を探します。部屋に電子ピアノを置ける場合も、グランドピアノで響きやペダルを確かめる機会を、別に予定へ入れておきたいところです。
日本にいる間からできる準備は、自分で一つの問題を持ち帰って練習することです。たとえば、レッスンで低音の響きを変えたら、翌日は別の箇所でも同じ弾き方が有効かを試す。うまくいかなければ、どの音域や強さで結果が変わったかを記録して、次のレッスンで弾いて見せます。新しい環境で学ぶ際にも、その観察が会話の材料になります。
受験曲を仕上げる過程そのものが、こうした学び方を育てる時間になります。一曲を暗譜で弾き切る力に加え、譜面に戻る力、他の人の音を聴く力、自分の解釈を言葉にする力も、留学へ持っていきたいものです。
日本で進めるMUK受験準備
MUK受験の準備では、志望課程、現在弾いている曲、最近の演奏録音をもとに、まず実技の課題を見ていきます。全楽章の完成に時間をかけるべきか、多声音楽を増やすべきか、選曲を少し変えるべきか。レッスンでは音を聴き、その人の予定に合わせて判断します。
ピアノの実技に加え、音楽のためのドイツ語、志望する先生への連絡、出願に向けた準備の相談にも対応しています。たとえば、弾きたい表現をドイツ語で説明し、その直後に実際の演奏で示すレッスンは、語学と音楽を一緒に使う機会になります。入学の判断は大学が行いますが、その場で自分の演奏と考えを伝えるための準備は、日本から始められます。
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