ハンス・アイスラー音楽大学のピアノ修士:独奏・室内楽・歌曲の選び方
日本の音大でピアノを学び、その先をドイツの修士課程で考えるとき、志望校と同じくらい大切なのが「何を主軸に学ぶか」です。独奏を深めたいのか、室内楽に本格的に取り組みたいのか、それとも歌手と歌曲の演奏を作りたいのか。これまでのレパートリーを振り返ると、好きだった本番や、もっと時間をかけたかった音楽が思い浮かぶかもしれません。
ハンス・アイスラー音楽大学ベルリンには、ピアノ修士の中で選ぶ専門分野に加え、室内楽とピアニストのための歌曲演奏を中心とする独立した修士課程があります。名称が似ていても、授業の比重、出願資格、受験曲、共演者の手配は同じではありません。
この記事では、まず次の四つを軸に課程を読み分けます。
- 課程と専門分野: ピアノ修士内の選択と、室内楽・歌曲の独立した修士課程を区別する。
- 学歴と卒業時期: 日本での専攻・履修内容・卒業予定日を、志望課程の条件に照らして確認する。
- 独奏と共演の経験: 曲名に加え、演奏の中で自分が担ってきた役割を振り返る。
- 動画と現地試験: 予備審査で送る範囲、現地で弾く範囲、共演者の条件をそれぞれ読む。
ピアノ修士と専門課程
ピアノ修士の公式ページには、選択できる専門分野としてSolo(Klavierkonzert)、Kammermusik、Liedbegleitungが並んでいます。それぞれ協奏曲、室内楽、歌曲伴奏に関わる分野です。ここでのSchwerpunktは、ピアノを主専攻として学ぶ課程の中で、重点を置く領域を意味します。
履修モデルは合計120単位で、ピアノ主専攻66単位、選んだ専門分野20単位、個別の学習分野14単位、修了課題20単位という構成です。三つの専門分野をすべて20単位ずつ履修する仕組みではありません。モジュール要覧では、開始した専門分野は変更できないとされています。主専攻の先生との相性とともに、この選択も入学前に考えておきたい部分です。
一方、Master KammermusikとMaster Liedgestaltung für Pianist*innenは、それぞれ室内楽とピアニストによる歌曲演奏を中心に据えた別の課程です。いずれも標準修業期間は4学期。ピアノ修士も含め、公式案内には冬学期と夏学期の両方からの入学が記載されています。
ピアノ修士
Master Klavier
ピアノ主専攻を中心に学ぶ
協奏曲・室内楽・歌曲伴奏から一つの専門分野を選ぶ。専門分野は20単位。
室内楽修士
Master Kammermusik
室内楽を学びの中心に置く
ピアニストの個人出願と、条件に合うアンサンブルでの出願がある。
歌曲修士
Liedgestaltung für Pianist*innen
ピアニストとして歌手と作品を作る
言葉・声・ピアノの関係を深める、独立した課程。
いずれも標準4学期。ピアノ修士内の室内楽・歌曲の選択と、独立した修士課程では、出願先も学ぶ比重も異なります。
私は志望分野の相談では、まず「これから二年間で、どんな演奏を自分の中心に置きたいか」を聞きます。独奏も室内楽も好き、というところから話を始めて、最近の本番や練習に戻って考えます。協奏曲の響きを研究したかったのか、共演者と意見を交わす時間に惹かれたのか。そこで感じた面白さには、課程を選ぶ手がかりがあります。
日本の学歴と卒業予定
ピアノ修士の出願資格には、志望する主専攻で取得した240 LP/ECTSのBachelor of Music、または同等の学位が示されています。日本の大学の単位数を、そのままECTSの数字に置き換えて判断することはできません。学位名称、専攻、履修内容を大学側がどのように評価するかという確認になります。
問い合わせの際には、大学・学部・専攻の正式名称と、取得済みまたは取得予定の学位を示します。成績証明書に加え、必要に応じて主専攻実技、室内楽、音楽理論などの授業内容が分かる資料を用意します。「四年制の音大を出ています」という説明だけでは、先方が課程の内容まで判断できないためです。
室内楽と歌曲の独立した修士課程には、それぞれ別の入学規程があります。ピアノで個人出願する室内楽課程と歌曲課程は、ピアノを主専攻とする学士または同等の学位を条件としています。ピアノ修士の240 ECTSという表記を、これらの課程すべてに機械的に当てはめず、志望する課程名を明記して照会してください。
日本の学部を翌年3月に卒業する予定なら、出願時点で卒業証明書が出ていない場合があります。大学のFAQでは、修士への出願時に学士の最終証明書が未発行の人について、取得済みの成績・単位・平均成績を示し、修士課程開始前の卒業が見込める書類を提出するよう案内しています。Transcript of Recordsと、在籍大学が発行する暫定的な修了見込みの証明が挙げられています。
ここでは「いつ卒業するか」と「いつ証明書を発行できるか」を分けて把握しておきます。日本の大学の事務窓口で英文書類の発行時期を確かめ、志望課程の担当窓口に卒業予定日とあわせて伝えます。卒業見込みでの出願を認める案内があっても、学歴の同等性の判断まで自動的に済むわけではありません。


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独奏・室内楽・歌曲の経験
独奏を中心に学んできた方なら、まず大きな作品をどこまで自分の解釈で組み立ててきたかを振り返ってみてください。ソナタの速い楽章を弾き切れることに加え、緩徐楽章の長い線、終楽章の性格、楽章同士の関係をどう捉えているか。修士で深めたい課題は、そうした演奏の中にあります。
例えば、同じ主題が曲の後半で戻ってくる場面。最初と同じ指づかい、同じ強弱で弾いていても、直前の和声や低音の置かれ方によって、聴こえる意味は変わります。私はレッスンで、再現する主題だけを取り出す前に、その少し手前から弾いてもらうことがあります。何を経てこの主題へ戻ったのかが聴こえると、音色や間の選び方にも理由が生まれます。
室内楽では、自分のパートの完成度と、相手の演奏を受けて変わる力の両方が問われます。弦楽器が旋律を歌う下で、ピアノの分散和音が細かく動いている場面を考えてみましょう。ピアノが自分の拍だけを正確に刻むと、相手が向かおうとする頂点とずれることがあります。旋律の到達点を共有したうえで、途中の動きをどう保つかが合わせの内容になります。
過去の共演を振り返る際も、「ヴァイオリンの伴奏をしました」で終えず、どの曲を、どの程度の期間、どのような編成で取り組んだかを整理します。自分の低音が拍を支えた箇所、相手の音を受け取った箇所、リハーサルで意見が分かれた箇所。演奏経験の厚みは、そうした中身に現れます。
歌曲を考えている方は、詩を読み、声の入る前と歌い終わった後のピアノも聴いてみてください。前奏で示した風景が、最後の後奏では違って聴こえる曲があります。その変化を作るのは、単に終わりを静かにすることではありません。歌詞のどの出来事を経たのか、同じ和音が何を残しているのかを考えます。Liedの学びでは、このような言葉と音の関係に継続して向き合います。
ピアノ修士の課題曲
ピアノ修士の予備審査は、Muvacに提出する録画で行われます。現在の課題は、バロックの多声的作品、古典派ソナタの一つの楽章、技巧的なエチュードです。一つの作品の全曲が指定されている場合には、全楽章を準備・録画するという注意もあります。
録画は1年以内のものとし、手足を含む全身が見えること、全曲を暗譜で演奏すること、音声・映像を加工しないことが示されています。まず曲目と演奏範囲を確定し、その条件に合う形で録画を準備します。撮影そのものについては、ピアノの動画審査の準備も参考にしてください。
現地試験では、異なる様式から少なくとも四作品が求められます。多声的作品、古典派ソナタ、ロマン派または近代(klassische Moderne)の代表的作品、1950年より後に作曲された作品という構成に、初見演奏が加わります。暗譜の例外は、1950年より後の作品です。
予備審査
Vorauswahl
- バロックの多声的作品
- 古典派ソナタの一楽章
- 技巧的なエチュード
全曲暗譜。手足を含む全身を映し、音声・映像を加工しない。
現地試験
Zugangsprüfung
- 多声的作品
- 古典派ソナタ
- ロマン派または近代の代表的作品
- 1950年より後の作品
少なくとも四作品と初見演奏。暗譜の例外は1950年より後の作品。
ソナタ全曲の準備で聴きたいこと
速い楽章だけでなく、緩徐楽章の長い線や終楽章の性格も含めて、一つの作品として聴きます。
動画で提出する一楽章を決めた後も、全楽章の譜読みを進め、時間のかかる部分を早めに見つけます。
古典派ソナタは、動画で一楽章を提出する場合でも、現地に向けて作品全体の準備が必要です。公式案内では三〜四楽章のソナタが推奨されています。第一楽章だけを先に完成させ、その後に残りを急いで詰め込むと、全曲の演奏が不均衡になりがちです。早い段階で各楽章を一度通し、時間を要する部分を見つけておきます。
バッハでは、主題が出るたびに強調するだけでなく、主題のない部分をどう運ぶかにも耳を向けます。声部を別々に弾く練習をした後、合わせたときに和声の移り変わりが聴こえるか。エチュードなら、速さの中で旋律や響きが残っているか。審査用の曲として整える過程でも、作品を演奏する目的を見失わないことが大切です。
1950年より後の作品を選ぶ際は、作曲年を確かめたうえで、その作品の音の組み立てを理解して選びます。慣れたロマン派作品と同じように旋律へ重みをかけると、休符、音域、打鍵の違いが作る関係を聴き落とすことがあります。譜面の情報を一つずつ音にし、どこに緊張と変化があるのかを探る時間も、受験準備の一部です。
室内楽と歌曲の審査
独立した室内楽修士には、ピアニストとして個人で出願する方法と、アンサンブルで出願する方法があります。アンサンブル出願は歌曲のデュオ、または三楽器以上の編成が示され、例外は個別の判断となります。ヴァイオリンとピアノの二重奏を、そのまま通常のアンサンブル出願枠に当てはめないよう、編成を伝えて確認します。
個人出願の予備審査では、合計30分以上、異なる時代の高度な独奏作品を少なくとも二つ、全曲で提出します。その中にバッハ、または古典派ソナタを含めます。室内楽を志望する人にも、独奏の土台を示す録画が必要です。アンサンブル出願は合計60分以上、三つの時代を含み、バロックまたは古典派を入れ、少なくとも二作品は全曲という条件です。
個人出願の現地試験には、現在のウェブページとリンク先の入学規程に違いがあります。ウェブページは全曲で三作品、そのうち少なくとも一つを代表的な独奏作品としていますが、規程本文には独奏二作品とエチュードが記されています。現地の曲目を確定する前に、志望する入学期について学科の相談窓口へ確認してください。
最初の審査を通過した個人出願者には、室内楽の課題が試験の二週間前に伝えられます。この段階の共演者は大学が用意し、短い事前の合わせを経て、審査員の前でリハーサルを行います。準備では総譜を読み、相手に任せる部分と、自分から提案したい部分を考えます。初対面の奏者と弾く場でも、相手の音を聴いて提案を修正する余地を残しておきたいところです。
歌曲修士の予備審査は、バッハと古典派の独奏作品に加え、歌手との歌曲十曲です。独奏二作品は動画で、古典派は一楽章でもよいとされています。歌曲は少なくとも三曲を動画とし、残りは音声でも提出でき、録音・録画は12か月以内のものが条件です。現地試験もバッハ、古典派作品、異なる時代の歌曲十曲で構成され、独奏作品は暗譜が望ましいとされています。
歌曲では、録音時の歌手も現地試験に同行する歌手も、出願者自身が手配します。室内楽の個人審査で大学が共演者を用意する仕組みと混同しやすい点です。誰とどの調で演奏するかを決め、歌詞、息継ぎ、前奏からの入りを一緒に練習する時間を確保します。歌曲分野の相談担当者との事前の面談も、大学から強く勧められています。
ドイツ語と音楽の対話
現在の公式FAQでは、修士課程とKonzertexamenへの出願者に語学証明書の提出は求めていないと説明されています。学士課程について書かれたB2.2の条件を、そのまま修士に移さないように読みます。一方、授業言語の欄はピアノ修士と歌曲修士がドイツ語、室内楽修士がドイツ語・英語です。
証明書の条件を確認したら、次は実際の授業を想像します。先生からフレーズの方向について提案されたとき、どこから弾き直すのかを理解し、試した結果を自分の言葉で返す。室内楽では、相手の意見を聞いて、テンポやバランスを相談する。歌曲では、詩の一語に置かれた意味や、発音とリズムの関係を話します。
私は音楽のドイツ語を教えるとき、今弾いている曲を会話の材料にします。例えば「ここでは低音を軽くしたい」と伝えて弾き、響きがどう変わったかを話す。言葉を覚えたかどうかだけでなく、その説明と実際の演奏が一致しているかを確かめます。音楽の内容を持った短い発言を重ねることが、レッスンでの対話になります。
歌曲では、訳を読んで意味を理解した後に、原語の強勢と音楽の拍を重ねてみます。同じ語が繰り返されても、二度目には問いかけやためらいが含まれることがあります。ピアノの和声がその変化にどう関わるかまで聴くと、語学が解釈の仕事になります。基本的な指示語を見直す際は、ピアノのドイツ語用語を使えます。
出願日程と教授への相談
大学の現在のカレンダーでは、2027年夏学期入学の出願期間は2026年10月1日〜11月8日、試験期間は2027年1月18〜22日です。2027/28年冬学期入学は2027年2月15日〜4月8日が出願期間、試験期間は6月7〜11日と案内されています。これは大学全体の期間で、個別の受験日時や集合案内は招待の内容を確認します。
翌年3月に日本の学部を卒業する方にとって、夏学期の選考は卒業前に進みます。卒業予定を示す書類と、年明けに現地で演奏するプログラムを並行して準備することになります。冬学期を目指す場合も、卒業後に初めて課題曲を読み始めるのではなく、在学中から志望課程の曲目と自分のレパートリーを照らしておきます。
出願はMuvacを通して行い、プロフィールを作るだけでなく、大学の志望課程へ応募します。FAQでは、希望する主専攻の教員と、ハンス・アイスラーでの学びに何を期待するかを、出願時の書面で答えるよう案内しています。教授名だけを先に決めるより、どの音楽をどう深めたいかを言葉にしておくと、問い合わせにも一貫した内容が生まれます。
教授への相談には、これまで学んだ内容、最近の演奏、志望分野を短くまとめます。体験的なレッスンの機会が得られたら、指摘を受けた後に自分の聴き方がどう変わるかにも注意してみてください。課題の見つけ方や、音の比較の仕方は、継続して学ぶ相手を考えるうえで大事な部分です。連絡文の例は、海外のピアノ教授へのドイツ語メールで紹介しています。
東京・オンラインでの受験準備
留学準備のレッスンでは、志望課程の要項と、現在弾いている曲を持ち寄って進めます。独奏の演奏からは、音色、声部の聴き分け、曲全体の構成を見ます。室内楽や歌曲に関心がある方は、共演の録音や総譜も役立ちます。自分だけで弾いているときには現れない、相手への反応や間の取り方を聴けるからです。
例えば、独奏では自然に運べていたフレーズが、共演すると急いでしまう場合があります。相手に合わせようとして、到達点まで待てなくなっているのかもしれません。録音でその箇所を聴き、相手の声部を歌いながらピアノを弾くなどして、音楽の時間を捉え直します。受験準備は曲数をそろえる作業であると同時に、こうした演奏上の課題に向き合う期間です。
Vienna Piano Schoolでは、ピアノ実技に加え、音楽に即したドイツ語、教授への連絡や出願に関するコミュニケーションも支援しています。志望理由や演奏について、自分でも内容を理解してやり取りできるように準備します。
中学生以上から大人の方を対象に、オンラインレッスンは現在受講でき、対面レッスンは2026年10月から池袋・新宿のピアノスタジオで行います。無料30分の体験レッスンでは、希望する課程、現在のレパートリー、卒業・出願の予定をお知らせください。
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