ピアノの名演を練習に生かす:録音でフレーズとテンポを聴き比べる

Enea — Vienna Piano School 主宰
Enea

好きな演奏のどこにひかれるのか。二つの公式録音と同じ小節を行き来し、歌い方、声部のバランス、待つ時間を自分のピアノで試します。

好きなピアニストの録音を聴くと、自分もこんなふうに弾きたいと思います。ところが鍵盤へ戻ると、速さをまねるだけになったり、気に入った一音だけを強くしてしまったりする。録音で感じた魅力と、自分の練習がうまく重ならないことがあります。

聴き比べを練習に生かすには、同じ短いフレーズを選び、何が聞こえるかを言葉にして、その中の一つを自分の手で試します。今回はシューマン《見知らぬ国と人々》を使い、旋律の方向、伴奏とのバランス、フレーズの終わり、テンポの戻し方に耳を向けます。

練習では、好きな演奏の名前に続けて「どの音の、どんなところが好きですか」と尋ねることがあります。「歌っている感じ」という印象が、長い音の保ち方や、次の音へ進む時間の話になると、鍵盤で試す音楽が見えてきます。

聴き比べる二つの録音

曲は《子供の情景》Op.15の第1曲です。短い作品ですが、上の旋律、内側の三連符、低音が重なり、中間部では音楽の表情も変わります。同じ楽譜から演奏を考えるための、豊かな材料があります。

一つ目は、アルフレッド・コルトーの演奏です。Warner Classicsが配信する録音で、Op.15第1曲を通して聴けます。

アルフレッド・コルトー:《見知らぬ国と人々》

Warner Classics. YouTubeで聴く.

二つ目は、マルタ・アルゲリッチの演奏です。Deutsche Grammophonの録音を、Universal Music GroupがYouTubeへ配信しています。こちらは録音を聴くための動画です。

マルタ・アルゲリッチ:《見知らぬ国と人々》

Deutsche Grammophon / Universal Music Group. YouTubeで聴く。

まずそれぞれ一度、曲の終わりまで聴いてみてください。細かな違いを探す前に、どこへ音楽が向かい、どこで落ち着いたと感じたかを覚えておきます。そのあと同じ小節を選び、耳を近づけます。

比べる場所と聴く声部

曲全体を交互に聴くだけでは、印象が混ざりやすくなります。冒頭の二小節なら二小節、と同じ範囲にそろえます。動画の秒数は演奏によって異なるため、楽譜の音形を目印にしてください。

同じ場所を、同じ問いで聴く

場所耳を向けること
第1〜2小節高いソへ向かう動きと、そのあとの下降はどう歌われるか。
冒頭の三連符旋律が長い音を保つ間、伴奏はどう聞こえるか。
第6〜8小節静かになる流れ、最後のシ、繰り返しへの間合いをどう感じるか。
第13〜15小節フェルマータの前から時間はどう変わり、主題の拍へどう戻るか。

一度に全部を判断するより、旋律だけ、次は低音というように耳の向きを変えます。「どちらが上手か」を決める前に、どの声部が印象に残ったかを聴いてください。同じ録音でも、低音へ注意を向けた二度目には、新しい動きが聞こえることがあります。

再生機器もそろえます。片方をスマートフォンの小さなスピーカー、片方をヘッドホンで聴くと、低音や残響の違いまで演奏の特徴として受け取りがちです。音量は聴きやすい程度に近づけ、大きく聞こえることと、旋律がよく歌って聞こえることを分けて考えます。

青い背景に置かれたヘッドホンとノート

冒頭:旋律の行き先

第1〜5小節:旋律・三連符・低音

楽譜は横にスクロールできます。

ト長調、4分の2拍子。旋律はシから高いソへ上がり、付点のファ♯、ミ、レと続く。三連符の伴奏が二つの五線にまたがり、その下に別の低音がある。
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第1小節の旋律はシから高いソへ上がり、第2小節ではファ♯・ミ・レと下がります。最初に、この上行と下降を一つの歌として聴きます。高いソがフレーズの中心に聞こえるか、そのあとにも流れが続いて聞こえるか。二つの録音で、同じ問いを持ってみてください。

ここで「ソが強い」と感じたら、その音だけをもう一度聴きます。前のシとの音量の差でしょうか。ソへ着くまでの時間でしょうか。それとも、下の伴奏が静かになって旋律が浮かび上がるのでしょうか。魅力の理由を一つに決めつけず、聞こえる現象を探します。

鍵盤では、まず旋律だけでシ・ソ・ファ♯・ミ・レを弾きます。ソへ向かう歌い方と、ソからレまで続ける歌い方を試します。どちらも単に一音を強打するのではなく、前後の音の関係で表情を変えてみてください。

次に伴奏を戻し、選んだ歌い方が残るかを聴きます。録音の演奏速度に追いつくことより、自分の速度でフレーズの方向が聞こえることを先に確かめます。ゆっくり弾いたときに何を残したいかが分かると、テンポを上げる際にも耳の目標を保てます。

音量と声部のバランス

同じ冒頭を、今度は三連符へ耳を向けて聴きます。三つの音が全部同じ強さで前へ出るのか、旋律の下でまとまって聞こえるのか。旋律が長い音を保っている間、伴奏へ自然に耳が移る場所はあるでしょうか。

この曲の三連符は両手にまたがっています。楽譜で音形をたどりながら、両手に分かれた伴奏を一つの流れとして聴いてみてください。旋律が音を保つ間にも、内声は動き続けます。

自分の演奏で旋律が消えてしまうなら、まず伴奏を静かに弾いて比べます。次に、旋律の長い音を聴き続けたまま、伴奏の音を加えます。上の音を強くする方法と、下の音を引く方法では、手の感覚も全体の響きも変わります。

録音の響きには、楽器、会場、マイクの位置や音量調整も関わります。そこから手の力加減を正確に読み取ろうとするより、自分のピアノでどの声部を聴かせたいかを決めます。レッスンでは、その音の関係を実際の距離で聴き、必要な動きを一緒に探します。

第6〜8小節:フレーズの終わり

第6〜10小節:最初の終止と中間部

楽譜は横にスクロールできます。

第8小節で旋律が二分音符のシへ着地し、繰り返し記号がある。第9小節から右手は二音の和音。第10小節では低音に付点のリズムが現れる。
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第6〜8小節の旋律は、ミ・レ・ド、ラ・レを経て、長いシへ落ち着きます。ここでは「最後を遅くしているか」だけでなく、静かになる流れ、長い音の響き、繰り返しで冒頭へ戻る間合いを聴きます。

最後のシが鳴った瞬間だけで区切らず、その下で伴奏が動いている時間も追ってください。旋律の打鍵が止まっていても、音楽にはまだ動きがあります。二つの録音で、どこまでを一つのフレーズとして感じたかを比べます。

鍵盤では、まず第6小節から、拍を大きく変えずにディミヌエンドを作ってみます。そのあと、終わりへ向かう時間に少し変化を加えます。静かにすることと遅くすることを別々に試すと、どちらが表情を変えているのかを聴けます。

一小節だけを取り出して止まる練習を続けると、区切りそのものが弾き方へ入り込む場合があります。選んだ表情を確かめたら、第5小節から入り、繰り返しの冒頭まで続けて弾きます。終わりと次の始まりを、同じ呼吸の中で聴いてください。

第13〜15小節:待つ時間と戻る拍

第11〜16小節:上行から主題の再現へ

楽譜は横にスクロールできます。

第11・12小節は右手の二音が続く。第13小節からritard.、第14小節のシにフェルマータ、第15小節でa tempoとなり、旋律がレからソへ進む。
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第13小節から旋律が上がり、第14小節のシにはフェルマータがあります。そのあと短いドを経て、第15小節にa tempoが現れます。ここは、時間の取り方を聴き比べる場所です。

フェルマータの長さだけでなく、その手前から音楽がどう変わるかを聴きます。待つ感じは、シを鳴らしてから始まるでしょうか。それより前から、上行する旋律に呼吸を感じるでしょうか。続く短いドと、戻ってきた主題のレ・ソの関係にも耳を向けます。

第15小節の旋律は、冒頭とまったく同じ音ではなく、レからソへ進みます。中間部から上がってきた流れを受けて、主題が戻る場所です。戻った瞬間だけをまねるより、そこへ向かう数小節をまとめて聴きます。

練習では、第13〜16小節を弾き、時間を取る程度を変えてみます。長く待ったあとの主題が別の曲のように始まってしまうなら、戻る拍を頭の中で先に感じてください。逆に急いで通り過ぎるなら、フェルマータの音が鳴っている間の響きを聴きます。

このように、録音の秒数をそのまま再現する代わりに、「待ったあとにも歌が続く」という音楽の関係を試します。自分のテンポに合う時間を選ぶことが、ルバートを自分の演奏として使う出発点になります。

印象を短い言葉にする

聴き比べのメモは、感想と観察を分けると役に立ちます。「優しい」「自由」「落ち着いている」は、その演奏から受け取った感想です。そこへ、場所と聞こえた動きを一つ添えます。

たとえば「第8小節の長いシの下で、伴奏の最後まで流れを感じた」「第14小節のシより前から、時間が広がるように聞こえた」と書けます。実際に自分がそう聞いた場所について書き、次に鍵盤で確かめたいことを選びます。

二人の演奏に、はっきりした違いを感じない箇所もあるでしょう。そのときは共通して聞こえるものを探します。旋律の長い線、低音の到着、フレーズの終わりなど、複数の演奏から同じ音楽の骨組みが見えてくることも、聴き比べの収穫です。

「好きな演奏に似たか」だけで自分の練習を判断すると、音色や楽器の違いまで気になってしまいます。メモには、次の演奏で耳を向ける対象を書きます。「三連符より旋律を聴き続ける」のような短い言葉が、練習中の耳を支えます。

自分の演奏へ戻る

試すたびに速度、音量、ペダルを全部変えると、何が響きを変えたのか分からなくなります。今日は冒頭のバランス、次は終止の時間というように、今いちばん気になる音を選んでください。

一つの弾き方を試したら、前後を含むフレーズを録音します。弾いている最中の手の感覚と、あとから聞こえる音は同じとは限りません。旋律を強くしたつもりでも、聞き直すと伴奏のアクセントが残っている場合があります。次の練習は、その聞こえた音から始めます。

録音の魅力を取り入れることと、細かな動きを全部写すことは違います。ある演奏のフレーズにひかれたなら、そのどこに方向や呼吸を感じたかを探してください。そして、自分の音、手、テンポで、その音楽を語ってみます。

《見知らぬ国と人々》そのものの譜読みや内声の扱いは、全曲の練習ガイドで詳しく扱っています。音ごとの強さを変える練習には、旋律と伴奏の弾き分けも参考になります。

レッスンで解釈を試す

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