スイスの音楽留学:ピアノの課程・専攻・語学要件の選び方
スイスへのピアノ留学では、大学名の次に、出願する課程の正式名称を確かめたいところです。同じ音楽大学でも、学士、演奏の修士、音楽教育の修士、専門性の高い演奏課程では、入学前に求められる学歴と、入学後に取り組む音楽が変わります。授業の言語も、国や大学だけでは決まりません。
ここではチューリヒ芸術大学(ZHdK)、ベルン芸術大学(HKB)、バーゼル音楽大学(FHNW)を例に、ドイツ語圏を中心とするスイスの音楽課程を読み解きます。日本で高校・大学に通っている方、卒業後の進学を考えている方に向けた、ピアノを軸にした案内です。
- 学位:BachelorとMasterのどちらに出願するか。
- 専攻:演奏、音楽教育、専門演奏のどの課程か。
- 学びの構成:Major、Minor、必修科目に何が含まれるか。
- 言語:授業で使う言葉と、出願・入学に必要な証明は何か。
大学名・学位・専攻の読み方
スイスにはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語という四つの国語があり、地域によって言語環境が異なります。ドイツ語を準備してチューリヒやバーゼルを目指す場合も、スイスの音楽大学を一律に「ドイツ語で学ぶ学校」と考えると、課程の違いを見落とします。ベルンのHKBでは、ドイツ語とフランス語の両方が関わる課程があります。
募集ページでは、大学名、学位、課程、専攻楽器の順に読んでみてください。たとえばHKBのMusic Performanceに関心があっても、KlassikなのかJazz and Contemporary Musicなのかで開くべき案内が変わります。Klavierがピアノ、KernfachやHauptfachが中心となる実技専攻を示す言葉です。
BAはBachelor of Arts、MAはMaster of Artsの略で、ここでは音楽分野の学士・修士です。「Artsという名称だから実技が少ない」とは読めません。演奏の比重は、学位の英語名よりもModulplanと呼ばれる科目構成、個人レッスン、演奏会、修了課題に表れます。
HKBのクラシック演奏修士でピアノを学ぶ場合の読み方。
- 01 · 大学名HKB
- Hochschule der Künste Bern:ベルン芸術大学
- 02 · 学位Master of Arts
- 修士課程。入学前の学歴要件を確認する。
- 03 · 課程Music Performance
- 演奏を中心に学ぶ。Music Pedagogyは音楽教育。
- 04 · 分野Klassik
- クラシック。Jazzの案内と区別して読む。
- 05 · 専攻楽器Klavier
- ピアノ。KernfachやHauptfachの欄も確認する。
教授への問い合わせにも、大学名だけでなく希望する課程・分野・楽器を書きます。
一覧を作るときも、「ベルン、ピアノ」とだけ書くより、大学名と課程名を一緒に残す方が役立ちます。教授の紹介ページにたどり着いたら、その先生が希望する課程で指導しているか、今回の募集で希望を出せるかを確認します。教員一覧への掲載だけで、次の年度の受入枠までは分かりません。
ZHdKの学士とMajor・Minor
ZHdKのピアノ学士は、Major BA Musik, Klavierという名称です。標準修業年限は6学期で、学士全体が180 ECTS、中心となるMajorが150 ECTS。残りの領域では、専門を深めたり他分野へ広げたりするMinor、または開放された科目を組み合わせる個別学修領域を選びます。
Majorは「主専攻」、Minorは「副専攻」と説明できますが、日本の音大でいう副科ピアノをそのまま想像すると意味が狭くなります。ZHdKのMinorは15または30 ECTSのまとまりを持つ学修プログラムです。別の楽器を少し習う枠に限らず、主専攻と関係するテーマを掘り下げる役割もあります。組合せには履修条件や定員があるため、候補は専攻ページから確認します。
出願の順序にも特徴があります。学士ではまずMajorに出願し、入学後の1年目にMinorを選び、2年目から履修します。修士ではMajorとMinorが最初の学期から始まり、Minorの選択は原則としてMajorの入学審査後です。学士の段階で、出願前にすべての授業を決めておく制度ではありません。
ピアノの学びとして考えるなら、主専攻の時間だけを数えず、周辺科目でどんな耳や判断力を育てたいかにも目を向けます。バッハのフーガで一つの声部を歌いながら他の声部を弾く経験は、内声の進み方を聴く練習になります。合奏で相手の呼吸を待った経験は、一人でソナタを弾くときの休符や拍の感じ方にも返ってきます。
私は進学先を考えるとき、「毎週どの曲を習いたいか」に加えて、「その曲を弾くために、今の自分にはどんな音楽経験が足りないか」を聞きたいと思っています。長い旋律を歌う力、初めて会う奏者に応じる耳、和声を自分で読む力。科目表は、そうした課題に取り組む場所を探すために読みます。


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HKBの演奏修士と音楽教育修士
ベルンのHKBでは、Music PerformanceのKlassikと、Music PedagogyのKlassikを分けて見ます。どちらも120 ECTSの修士で、標準的な全日制の学修は4学期です。主な出願資格は音楽の学士または同等の学歴ですが、学ぶ目的と適性審査の内容が異なります。
演奏修士では、専攻実技、演奏活動、理論や研究を含むMajorと、Minor・選択科目を組み合わせます。曲数を増やすだけでなく、自分の解釈を掘り下げ、演奏会として成立するプログラムを作っていく課程です。たとえば同じ作曲家の独奏曲と室内楽を並行して学ぶなら、ピアノだけで完結していたフレーズが、弦の息の長さや音の減衰と出会います。
Music Pedagogyは、演奏を続けながら教える力を学ぶ課程です。HKBの案内には、実技、音楽教育・心理学、楽器ごとの指導法、授業見学、スイスの音楽学校での実習などが含まれています。修了時にも演奏だけでなく、教育実技や教育に関する論文が関わります。ピアノが上手に弾けることを、他の人が学べる説明へ変える仕事です。
たとえば生徒が右手の旋律を強く出そうとして、左手まで大きくしてしまう場面を考えます。教師は完成形を弾いて聴かせるだけでなく、伴奏のどの音が飛び出しているかを聴き、片手の練習、声に出して歌う練習、両手に戻す順序を選びます。本人が何を聴き取ったかを確かめる会話も、指導の一部です。このやり取りに関心があるかどうかは、教育課程を選ぶ大きな手がかりになります。
また、Music Pedagogyという大きな区分の中には、学校の音楽授業を担うMusik S IIなどの別の専攻もあります。楽器の個人指導を学びたい場合は、Musikpädagogik Klassikという専攻まで確かめてください。学校教育の課程と楽器教育の課程では、必要な言語水準にも違いがあります。
バーゼルの専門演奏課程
バーゼル音楽大学FHNWには、Musikalische Performanceと、Spezialisierte Musikalische Performanceという区分があります。後者のSolistin/Solistは、ソリストとしての高度な演奏活動を深める、4学期・120 ECTSの修士課程です。「専門演奏」という日本語だけで、通常の演奏修士と同じ入口だと決めず、課程の目的と出願資格を両方読みます。
ここには見落としたくない違いがあります。公式の説明では、Solistin/Solistは通常、演奏や音楽教育などの修士で得た力を基盤にする課程です。一方、正式な出願資格には音楽等の学士または同等の学歴が挙げられ、規程の提出書類も、通常は学士証書と、すでに取得している場合の最初の修士証書を求めています。通常想定される学修段階と、形式上の出願資格は分けて読む必要があります。
学士を持っていることだけで、この課程への準備が整ったとは判断できません。バーゼルが挙げる入口の力には、幅広いレパートリー、明確な演奏家としての個性、舞台上の安定性、高い技術などがあります。自分の卒業年次だけでなく、今の演奏と活動歴を示して課程への適合を相談します。
協奏曲の準備では、この違いがよく表れます。独奏の難所を弾けても、オーケストラの長い提示部を聴いて自分の最初の音の性格を決めることや、総奏の後に音量と時間感覚を切り替えることは、また別の演奏経験を要します。リサイタルでも、1曲の完成度に加え、曲間の沈黙や調性の移り変わりを含めて一つの時間を作ります。
Specializedという言葉があっても、各校で分野の分け方は同じではありません。HKBのSpecialized Music Performanceには、ソリストのほか、室内楽、現代音楽、研究などの専門領域があります。ソロを中心にしたいのか、特定の編成や音楽に深く取り組みたいのかを言葉にしてから、該当する専攻の案内を開きます。
課程ごとの言語要件
授業の言語と、語学力を何で証明するかは、二つの確認事項です。募集ページのUnterrichtsspracheは授業言語、Sprachnachweisは言語能力の証明を指します。B1・B2・C1といった水準を見つけたら、何語の条件なのか、いつまでに提出するのかも一緒に読みます。
ZHdK
音楽学士・ピアノ
ドイツ語B2
学則は条件付きで第2学期末までの証明提出を認める。
HKB
演奏修士・Klassik
ドイツ語・フランス語・英語のいずれかB1
英語が第一言語の場合は、ドイツ語またはフランス語A1も規定。
HKB
音楽教育修士・Klassik
ドイツ語またはフランス語B2以上
C1が望ましい。入学時に証明を提出し、もう一方の言語の理解も求める。
FHNW
専門演奏修士・Solistin/Solist
授業言語を十分に理解
通常ドイツ語または英語。証明の必要性と形式は適性審査で判断。
募集で読む三つの言葉
Unterrichtssprache:授業の言語。
Sprachnachweis:語学力の証明。
bis Ende des zweiten Semesters:第2学期の終わりまで。水準と提出期限を一緒に読みます。
ZHdKの音楽学士では、ドイツ語B2などによる証明を求めています。学則には、必要な証明を最初の2学期に提出できる条件付き入学の扱いがあり、期限は第2学期末です。授業についていくためのドイツ語は入学前から育て、証明の期限は自分の入学条件として大学に確かめます。
HKBのKlassikでは、演奏修士はドイツ語・フランス語・英語のいずれかB1、音楽教育修士はドイツ語またはフランス語B2以上で、C1が望ましいという違いがあります。教育課程では、もう一方の言語を理解する力も求められます。HKBの言語案内はこの確認についてA1にも言及しているため、受験時の確認方法まで読んでおきます。
演奏修士の規程には、英語が第一言語の場合、ドイツ語またはフランス語A1の基礎も求める記載があります。日本語を母語とし、英語の証明で出願する方は、自分に適用される追加条件を窓口に確認してください。表の「英語B1」だけで、在学中に他の言語を使わずに済むと判断するのは早計です。
バーゼルのSolistin/Solistでは、2026年9月の課程規程が、授業言語である通常ドイツ語または英語を十分に理解することを求めています。証明の必要性と形式は適性審査の委員会が判断します。募集ページの「ドイツ語を推奨」という短い説明から、語学条件そのものがないと読み替えないようにします。
レッスンと合奏で使うドイツ語
個人レッスンで英語が使える場合も、合奏、教育実習、講義、事務連絡では異なる言語に触れます。留学前には、希望教授との会話だけでなく、履修する授業や実習で何語を使うかを尋ねておくと、学ぶべき場面が見えてきます。ドイツ語圏の日常会話ではスイスドイツ語の方言にも接しますが、まず準備の軸にするのは、学則や教材を読み、音楽を説明するための標準ドイツ語です。
私が音楽のドイツ語で大切にしたいのは、専門語を知ることに加えて、耳で感じた違いを短い文で話すことです。「旋律をもっと歌って」と言われたあと、どこで息を取りたいのか、どの音まで進みたいのかを伝える。その一往復で、自分が考えているフレーズを先生と一緒に扱えます。
たとえば「Ich möchte die Phrase bis zum hohen Ton führen.」なら、「高い音までフレーズを運びたい」という意図です。そのあとに高い音の直前を弾き、音量を増やすのか、時間を少し広げるのかを比べます。文を覚えたら終わりではなく、言った内容が自分の音にどう表れるかを試します。
室内楽では「Können wir ab Takt zwölf noch einmal spielen?」と、12小節目からの弾き直しを頼む場面があります。そこで「一緒に入れなかった」で止まらず、相手の吸う息を待つのか、ピアノの低音を合図にするのかを相談する。教育実習ではさらに、生徒が使う身近な言葉に置き換え、説明を変える柔軟さが要ります。ピアノレッスンで聞くドイツ語の用語も、こうした会話の材料として使えます。
日本の学歴と演奏資料
日本から出願する場合、卒業証明書の名称だけでなく、履修内容を伝える資料が役立ちます。主専攻の個人レッスン、室内楽、理論、教育法などの科目が、成績証明書でどう表記されているかを見ます。日本の単位数を自分でECTSに換算して資格を判断せず、大学が指定する書類と翻訳方法に従って審査を受けます。
一般大学で学びながらピアノを続けた方と、音楽大学のピアノ専攻を卒業した方では、説明すべき学修歴も変わります。同等資格の判断は出願先が行います。短期講習会への参加歴、個人レッスン、演奏会歴は音楽経験として整理し、取得した学位とは別に示します。
演奏資料は、希望する課程の選考内容から組み立てます。ZHdKのピアノ学士の現行案内には、動画による予備選考に加え、現地での演奏と面談、理論、グループでの即興などが含まれています。ソロ曲だけを準備していると、相手の音に反応する課題や、聴いたものを説明する課題が後回しになります。次回募集の更新時には、演奏曲の条件と、演奏以外の課題の両方を読み直します。
たとえば即興に慣れていなければ、まず相手の短いリズムを受け取り、同じリズムで違う音を返してみます。次に、相手が静かに終えたところへ同じ音量で応じる。和声を複雑にする前に、聴く、待つ、応えるという合奏の基本を体験できます。これは出題の再現ではなく、音楽的な対話の練習です。
修士志望なら、弾いてきた作品の一覧にも自分の関心を反映させたいところです。独奏、室内楽、歌曲との共演、現代作品などを分け、最近の演奏を示します。「たくさん弾いた」という量に加え、次の学びで何を深めたいのかを、作品名と経験で話せるようにします。
日本で進める留学準備
候補が絞れたら、課程ごとに正式名称、求められる学歴、授業言語、証明の提出時期を一枚にまとめます。一般的な紹介ページと、その年度の募集要項で日付が違う場合は、年度を指定した募集案内を優先して窓口へ確認します。ZHdKのピアノ学士は、現在、次回の選考情報を11月中旬に公開すると案内しています。終了した2026年の試験日を、翌年の日程として使わないようにします。
演奏面では、まず現在の曲を聴いてもらい、選曲の幅、和声や声部の理解、初見、共演経験を確認します。音楽教育課程に関心があれば、短い曲を誰かに説明してみる経験も有意義です。どこで相手が戸惑ったか、弾いて示したあとに何が変わったかを振り返ると、自分の教え方の課題が現れます。
語学の準備も、証明試験の勉強と音楽の会話を並行して進めます。現在弾いている曲から一つのフレーズを選び、解釈を話す。大学に聞きたいことをドイツ語で短くまとめる。留学先で使う言葉を、今の練習や出願準備の中で使っていきます。証明と会話それぞれの準備は、音楽留学のドイツ語資格とレッスン会話でも詳しく扱っています。
Vienna Piano Schoolでは、中学生以上の方と大人の方を対象に、ピアノの演奏準備と、音楽に必要なドイツ語・英語、留学に向けた連絡や出願準備をご相談いただけます。オンラインレッスンは現在受講でき、対面は2026年10月から池袋・新宿のピアノスタジオで始まります。無料30分の体験レッスンには、気になっている課程のページと現在練習している曲をお持ちください。希望する学びと今の演奏をもとに、次に取り組む内容を考えます。
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